社会変革のためのプロジェクト

2024/11/28

美容業界を改革し、誰ひとりとり残されない社会を作りたい。東京府中から始めるBLPの挑戦

●創業:2015年
●業種:美容室、カフェ経営
●第8期未来創造企業認定
●未来創造企業としての取り組み:児童養護施設を退所する子どもたちの就労、地域の企業が支える社会的養育の実現

 


 

「人の苦しみも喜びも、結局は全部自分ごとなんです」

株式会社BLP代表の若度千尋氏は美容師と介護福祉士の資格を持つ美容師兼実業家。

美容業界を改革し、美容師の力で誰も取り残すことのない社会を目指している。

始まりは、新卒で入社した美容院で劣悪な労働環境を体感し、美容業界の課題を目の当たりにしたこと。

2014年に自身の美容室をオープンした後は、自店のスタッフやお客様を第一に活動してきた。

そんな若度氏の視点が大きく変わったのは2023年。

第8期未来創造企業の研修などを通じて新たな社会課題を知ったことで、ともに事業をつくる仲間と出会い、活動の種類も地域も広がっている。

「美容師として何ができるか」「この人のために何ができるか」という視点で奔走し、社会課題の解決につながる商品や事業を仲間と協働して次々と開発。

「やりたいと思ったこと、ひらめいたアイデアは、やらずにはいられない」という。

この記事では、そんな若度氏、そしてBLPの活動の軸を紹介する。

 


 

【目次】

●美容室が社会のハブとなり、美容師の力で誰一人取り残されない社会を作る

●新たな社会課題と出会い、自店の社員と共に美容師としてできることを模索

●児童養護施設でのボランティア活動を契機に地域に目を向けるように

●同じ志を持つ仲間を集め、地域のため、社会のため、共に協働する「未来を考える会」

●未来創造企業同士の協働により、社会課題解決型事業を地域に次々と生み出す

●美容業界が変われば社会も変わる

 


 

美容室が社会のハブとなり、
美容師の力で誰一人取り残されない社会を作る

 

「株式会社BLP」の代表、若度千尋さんは、東京都府中市で美容室「RaRuhe(ラルーエ)」とカフェ「Uncharmecafe(アンシャルムカフェ)」を経営している。お客様の人生に寄り添える「ビューティフルライフパートナー」でありたいという理念のもと、美容と食の分野でおもてなしの心を大切にサービスを提供してきた。

 

若度さんが美容師を目指したきっかけは、介護施設で見た認知症女性たちの姿だった。
幼いころから人に喜んでもらうことが好きだった若度さんは、小・中学校時代によく介護施設などへボランティアに通っていたが、その場で見た光景を今も覚えている。

 

「介護施設にいる認知症女性たちの容姿は、正直おじいちゃんなのか、おばあちゃんなのかわからなくて。大病を患っていた私の祖母は、寝たきりでもメイクやネイルをしてあげれば喜んでくれましたし、外出の際は洋服を新調したいと身なりを気にする人でしたので、施設にいる人たちはこの状況を本当に望んでいるのか疑問でした。」


そんな経験から、「福祉業界でも当たり前に美容ができる、女性が女性でいられる環境をつくりたい」と決意し、美容師と介護福祉⼠の免許を取得。美容技術を身につけてから介護に活かそうと、最初のキャリアは美容師としてスタートした。

 

しかし、2005年に若度さんが入社した美容室は、厳しい営業ノルマがあり、達成できなければ休暇もとれず、うつ病を患ったスタッフが次々と辞めていくような劣悪な環境だった。

 

美容業界の離職率は非常に高く、他業界と比較しても平均年収は低いのが現状。
そんな環境の中でも、若度さんは誰よりも高い目標を掲げ、達成し続けていたが、「自分だけがノルマを達成して休めても幸せじゃない。この労働環境を変えなければ」と、自身の休暇を返上して組織と戦うことに。

 

なぜ、若度さんはこうも人のためにと動くのだろうか。
若度さんのこれらの背景には、幼少期の家庭環境が大きく影響しているという。

 

母親から受けた虐待、父親の2度の自殺未遂、両親の離婚、そして、末期がんの祖母を介護するためヤングケアラーに。

 

「そんな経験をしてきたからこそ、人の痛みをキャッチしやすい。人の苦しみは自分の苦しみに感じるし、人の喜びも自分の喜びになる。だから、人のためにしたことは自分にしたことであって、全部自分ごとなんです」

 

2014年に美容室「ラルーエ」をオープンした若度さんは「美容師の力で介護のない社会を作りたい」と考え、再生医療や栄養、健康の勉強をスタート。介護福祉士の資格を活かして健康寿命を延ばすための介護予防講座を地域に向けて開催するなど、「自店のスタッフやお客様を良くしたい」という視点で、できることに取り組んできた。

 

ラルーエでは営業ノルマは設定せず、いつでも誰でも休暇がとれる体制を整えた。オープン10周年を迎えた2024年現在、離職者はゼロ。常に誰かが産休に入り、スタッフの子どもは総勢13人まで増えてきたという。

 

新たな社会課題と出会い、自店の社員と共に美容師としてできることを模索


美容室のオープンから8年ほど経った頃、若度さんは「自分の店だけがよくなっても意味がない。美容業界を良くしていくために、もっと周りの美容師を巻き込んでいこう」と思い至るようになっていた。

 

時を同じくして、2023年の春に経営実践研究会に誘われ、セミナーに初参加。その場で触れた志高い人々の熱量や雰囲気に圧倒され、「この環境なら、私がやりたいこと、美容師の力で介護のない社会を実現できそう!」と奮い立ったことを今でも覚えている。

 

入会後も、経営実践研究会のセミナーや研修などに誘われるまま参加しているうちに、入会からわずか3か月で1200名の経営者が全国から集うイベント、ナショナルフォーラムのプレゼン登壇者にも選出され、その志を多くの人に伝える舞台に立っていた。

 

活動を通じて、人や会社との出会いを通じて多くの社会課題の存在を知ったことで、居ても立っても居られなくなった若度さん。「美容師の私ならこう関われる」という新たな視点が生まれた。

 

美容師の意識改革を目指していた若度さんは、最初のステップとして自店のスタッフを巻き込みはじめた。

 

「日本国民の約9割は定期的に美容室に通っています。美容師が社会課題を知り、必要な情報や人をつなぎ、解決に向けて動くことができれば、誰一人取り残されない社会が実現できるんです」

 

BLPでは、社員とともに課題解決型事業へ取り組むためにも、未来創造企業へのチャレンジを決め、ステップアップミーティングや未来創造企業認定研修などに6名の社員全員で臨んだ。もちろん研修に参加するためには美容室の営業を止めなければならなかったが、それでも全員でその場の空気に触れることが重要だと、そして社員全員が学ぶことによって視座が上がり、一緒に成長していくことができると若度さんは考えたのだという。


第8期未来創造企業認定後は、社員にも明らかな変化が見えてきた。

 

今までは若度さんが先導していたような社会課題についても社員が進んで考えるようになり、同じ方向を向けるようになったのだと。若度さんは6名の社員が「地域に必要とされ、社会と繫がり、社会と人とを考えられる美容師」に育っていくことを期待している。

 

下記の新・経営理念は社員が自ら考えたもの。
成長していくにつれて変化してもいいと若度さんはいう。


<新・経営理念>
愛・感謝 Glow Up︕

 

企業理念
Beautiful Life Partner

 

私達は関わる全ての人の人生に寄り添い美しく彩るパートナーです。
私達は関わる全ての人を幸福へと導くために成長し続けます。
私たちは未来へと人生のバトンを渡していきます。

 

児童養護施設でのボランティア活動を契機に地域に目を向けるように

 

未来創造企業に認定後、6人の社員と共に美容師として社会課題にどう関われるかを考え、様々な企業や団体と協働してきた。

 

特に思い入れのある活動が児童養護施設でのボランティアだ。
未来創造企業担当プロデューサーの穂坂氏(第3期未来創造企業/児童養護施設退所後の子どもたちの活躍の道を作る活動を行う)のつながりで社会養護について知り、児童養護施設出身者と地域企業とのマッチング活動を行う株式会社フェアスタートと出会い、児童養護施設の現実を知ることとなった。

 

若度さん達は「信頼関係が築けるなら、対お客様じゃなくても、児童養護施設でもできるはずだ」と考え、月に一度、社員と一緒に地域の児童養護施設に赴き、ボランティアカットの取り組みを始めた。施設と一生関わっていく覚悟で、子どもたちから「地域で信頼できる大人」として認識してもらえるように心を尽くしているのだという。

 

一方で、活動を通して新たな課題も見えてきた。

 

児童養護施設にいる子どもたちには手が届くものの、収容率150%を超えるともいわれる児童相談所の収容施設にいる子や、保護が必要な状況にありながら施設にも入っていない子どもたちの状況が可視化されていない現状があったのだ。
「一施設で活動するだけでは何も変えられない」と、さらに地域に目を向けるようになった。

 

同じ志を持つ仲間を集め、
地域のため、社会のため、共に協働する「未来を考える会」


地域に仲間が必要だと感じた若度さんは、東京都府中市で「府中の未来を考える会」を立ち上げた。これは、年齢、性別、仕事の肩書きなどは一切関係なく、府中の未来のためにできることを共に考える会だ。

 

【府中の未来を考える会のプロジェクトの一例】
・管理栄養士:食卓を笑顔に、をコンセプトに、子どもの孤食をなくすため飲食店と連動したアプリ開発
・教育者:障がいのある人もない人も共に学ぶ仕組み「インクルーシブ教育」の改革
・カフェ経営者(若度さんの別事業):フードリボン(子ども食堂の簡易版)を府中市内の全小学校区域に広める活動

 

この会では、各自が自分にしかできない分野で始めたことをプロジェクト化し、府中の仲間で一気に広げていくことを目的にしている。

 

この府中市での活動をロールモデルに、経営実践研究会のつながりを活かして、青森県、岩手県、茨城県、東京都(多摩地区で複数市)、愛知県、大阪府、広島県などでも「未来を考える会」が立ち上がっている。地域ごとに課題解決をしていく中で、良い取り組みはお互いにシェアし、各活動をブラッシュアップしていく。

 

各地域の「未来を考える会」を未来創造企業が先導し、あらゆる立場の人が行う「社会にとって良いこと」を詰め込んでいけば、日本全国、そしていずれは世界まで変わっていく。そんな未来図を若度さんは描いている。

 

未来創造企業同士の協働により、
社会課題解決型事業を地域に次々と生み出す

その他にも、若度さんは経営実践研究会や未来創造企業の仲間と協働することで、新しい事業をしかけ、地域に社会価値を創造している。

 

【協働の取り組みの一例】

 

■8期未来創造企業 「ときつ養蜂園」のはちみつを美容商材として展開:パッケージは8期未来創造企業の「橋本パッケ」に依頼、イラストは7期未来創造企業「株式会社フォーアイズ」の社員さんへ相談、デザインは同じ地域の経営実践研究会メンバーに依頼して、新商品を開発した。

 

■社会課題解決できるOEMシャンプーを開発:8期未来創造企業 「ときつ養蜂園」のはちみつを使用して、地域の社会課題解決に売り上げの一部を使うシャンプーをメーカーとして開発・販売。

 

■目とめがねの相談室を開設:発達障害の改善が期待できるチャクラグラスの普及を目指し、美容室で検眼や問診フィッティングができる仕組み作り。地域に1拠点のロールモデルをつくる。

 

■未来創造企業チャレンジ企業との協業:健康事業として、岐阜の創業100年を超える製麺所「老田屋」と共同で生パスタを開発。

 

若度さんはこのような活動を通して「美容室が全ての社会課題を解決できるハブになりたい」と願っている。

 

美容業界が変われば社会も変わる

若度さんの今後の目標は大きく2つ。
ウェルビューティースタイリスト協会の設立と、美容学校の教育変革だ。

 

良く生きるという意味の「ウェルビーイング」と、美容の「ビューティー」をかけた、「ウェルビューティースタイリスト協会」を設立し、その資格制度を作ることを目標にしている。

 

美容室の経営者が未来創造企業を取得し、自社を「ウェル」の状態にし、美容師も「ウェル」に。そして社会に目を向けていく、そんな美容室を地域に増やしていく。

 

美容業界には、公衆衛生と衛生管理に関する知識や技能をもった「管理美容師」という資格があり、店舗に一人配置する義務がある。
同様に、一地域に一人はウェルビューティースタイリストを配置しなければならないという風に定着させれば、あらゆる社会課題を地域で解決できるようになる。若度さんはそう信じているのだ。

 

さらには美容学校の教育変革や学⽣の意識変革にも挑戦したいと考えている。
美容学校のカリキュラムの中に、「美容師はただ髪を切る仕事ではなく、地域とつながるソーシャルビジネスだ」という教育を加えていきたい。この考えを広めるために、今は若度さん自身がどうやったら美容業界で影響力を出せるのかを模索中だ。

 

根本から美容業界を改革し、ウェルビューティースタイリストが地域に増えていけば、美容師の待遇も自然と改善されていく。
美容室がハブとなって各地域の社会課題や健康問題を解決していけば、誰も取り残すことのない社会を実現できるという道筋を描いている。

 

若度さんはいう。
「経営実践研究会に出会う前は、『自分がやらなきゃ』という視点でしたが、今では『自分だけでは叶えられないことも、仲間がいたらできる』という視点に変化しています」

 

「それいいかも!」を合い言葉に、若度さんは今日も前向きに社会課題と向き合っている。