社会変革のためのプロジェクト
- 2024/11/19
総合格闘技チャンピオンの次なる挑戦の場は「地域」だった。ジム経営を通じて、アスリートのセカンドキャリア支援と、健康寿命への課題解決を両立
※本記事は書籍『伝えたい、未来を創る会社―社会を変え、人を幸せにする会社 未来創造企業』(2023)から再編集しました。
●創業:2017年
●業種:ジム経営、アスリートの人材育成事業
●第1期未来創造企業認定
●未来創造企業としての取り組み:アスリートのセカンドキャリアへの取り組み、フィットネスを通した健康寿命へのアプローチ、地域ニーズに寄り添った経営
現役時代、総合格闘技でチャンピオンにまで上り詰めた池本氏。
自らの人生を通じて、アスリートたちが対峙する課題を目の当たりにした。
それは生計を立てることの難しさと、セカンドキャリアを描きづらいことだった。
その課題を解決するべく、
後進として挑戦する多くの人のために、株式会社STYLEを創業。
アスリートが働くキックボクシングフィットネス事業を始めた。
池本氏は一時期、「100店舗出店を目指そう」と活動していた。
しかし、ある出会いをきっかけに、その考えは一変する。
「地域に対して何ができるのか」
「地域でオンリーワンの価値を提供するにはどうしたら良いのか」
考え続けた結果、シニア向けプログラムの提供や、
地域のある自治体と連携したイベントに参加、地域のための活動を始めた。
その結果、多くの応援が集まり、事業展開のスピードも早まった。
業界に「閉じる」のではなく、地域とつながることで「広げた」結果だ。
池本氏の活動の源は「喜んでくれる誰かのために」という想いにある。
その想いは、より多くの人の応援を集め、喜びの笑顔を生み出し続けている。
【目次】
●自らの実体験をもとに世の中に恩返しを アスリートが輝き続けられる「場所づくり」をはじめる
●フィットネスや人材育成など、キックボクシングを起点に多角化展開 アスリートの強みを生かし、世代や性別を問わず健康をサポートする
●感謝や応援の気持ちを社会やしっかりと伝えていく 従業員や退職者との良い関係が事業の発展にもつながる
●キックボクシングで高齢者の健康増進を
●心の健康にもアプローチし、充実した生活の基礎づくりにつなげる
●地域のニーズを大切にすることで、価値を確立
●事業の可能性を広げ、高齢者向けのフィットネスの全国拡大を目指す
<有識者の視点>
SSC評議審査員 泉 貴嗣
未来を創るための、ライバルの重要性
自らの実体験をもとに世の中に恩返しを
アスリートが輝き続けられる「場所づくり」をはじめる
株式会社STYLE(以下STYLE)代表の池本誠知さんはかつて総合格闘技のプロとして活躍。多くの挑戦を重ね、総合格闘技であるDEEPウェルター級チャンピオンになりました。
しかし、華やかな栄冠とは裏腹に、試合前に想像していたものとは異なる感情を抱いたといいます。勝利した瞬間やベルトを受け取った時の歓喜の想いは、事前にイメージしていたほど強くはなかったのです。
一方で、試合後に携帯電話に届いていた多くの祝福のメッセージを見た時、喜びが溢れて涙が止まらなかったと池本さんは振り返ります。
「チャンピオンになったのは、自分のためではなく周りの人を喜ばすためだったんだ」。その気づきと想いを胸に、応援に対する感謝を伝え、恩返しをしていくために、池本さんは格闘技やスポーツ本来が持つ達成感や楽しさを世の中に伝えていこうと決意しました。
その想いを原点にして創業したSTYLEは、キックボクシングフィットネス事業を軸として、人生100年時代を生きる人々が長く健康的に生活し続けられる社会を目指すと共に、プロアスリートのセカンドキャリアを支援しています。
トレーナーなどのスタッフは、引退した選手や現役選手など格闘家やアスリートに特化して雇用しています。
プロ格闘家として業界では有名人でチャンピオンにまで上り詰めた実績がある池本さんであっても「格闘技界で成功してもそれだけで生計を立てるのは難しい」という現実があったからです。格闘家にとって、アルバイトをしながら練習をして試合に出る生活が当たり前であり、経済的な不安や引退後のキャリアへの悩みを抱える人が多く、雇用の場をつくりたいという想いが強くありました。
「選手の現役引退」を「脚光を浴びる時期の終わり」ではなく、その後の人生をさらに輝き続けることができるよう、アスリートとして積み重ねてきた経験を社会に活かし、輝き続ける場所づくりを行っています。
フィットネスや人材育成など、キックボクシングを起点に多角化展開
アスリートの強みを生かし、世代や性別を問わず健康をサポートする
現在は一般の方向けに直営8店舗、フランチャイズ4店舗のジムを展開しており、在籍していた格闘家たちに暖簾分けをしたジムも3店舗あります。格闘家だからこそ分かる身体づくりのメソッドやトレーニング方法、効率的な減量方法などを活かし、キックボクシングを一般の方向けにフィットネス化したプログラムを提供しています。
男性向けのイメージがある格闘技ですが、ミスコンテストの参加者向けのプログラムにも関わった実績もあり、女性向けの美尻をつくるジムとしてメディアへ多数出演するなど注目を浴びました。
その後、体と共にメンタル面も整うキックボクシングフィットネスの効果に着目し、高齢者の方や健康面に課題がある方など、幅広い層の方にトレーニングを提供するようになりました。日々時間に追われがちな現代人が心や体と向き合い、動きやすい身体づくりをすることで生涯有意義な人生を送れるようサポートしています。
また、自社トレーナーの育成経験を活かした人材育成や教育事業も展開しています。別法人として運営している一般社団法人日本キックボクシングフィットネス協会では、日本初となるキックボクシングパーソナル資格取得養成講座を開講。KICK FIT(キックフィット)トレーナーという職業を確立させ、アスリートの引退後のキャリアを支援しています。
格闘スポーツが学べるSTYLE高等学院では、格闘スポーツに関するカリキュラムを受講しながら、通信制で高等学校卒業資格を取得可能としました。「人に愛される人となれ」を教育スローガンに掲げ、プロ格闘家やトレーナーを育成しており、K-1甲子園全国優勝する選手や高校生チャンピオンを2名輩出しています。
アスリートにしかできない価値を世の中に広めて、アスリートが仕事もできる社会をつくることで、アスリートを子どもたちにとって夢ある職業にしていくことが目標です。
感謝や応援の気持ちを社会やしっかりと伝えていく
従業員や退職者との良い関係が事業の発展にもつながる
画像出典:池本 誠知さんInstaguram
池本さんがチャンピオンになった時に感じた「人を喜ばせることが自分の喜びである」という想いは揺るがない原点となり、現在の事業においても大切な価値観となっています。
「多くのアスリートは現役時代にコーチや観客、家族などたくさんの人々から応援され、支えられているからこそ競技に打ち込むことができる。その応援の声に対して感謝を返したい」というのが池本さんが今も抱き続けている想いです。
共に働く従業員や退職者に対しても仲間として応援することを大切にしています。
ジムのトレーナーは、経験を積んでノウハウを吸収した後に他店に移る、もしくは独立して競合になることが珍しくありません。そんな時、池本さんは従業員の退職を悲しみ疎遠になるのではなく、それぞれの想いや目標に向かう姿を応援し、時にはライバルであるジムに花を渡しに出向くなど行動で伝えています。
池本さんは「STYLEの一番の宝は人」と考えており、去っていった人も含めて応援する姿が、今いる従業員たちの「ここで頑張りたい」というモチベーションになっているのです。元従業員とは、退職して数年の時間を経て良い関係を築き人脈を紹介し合うなど、長い目で見た事業の発展につながっています。
企業理念
人に愛される人になる
「輝き続ける場所づくり」に注力し、たくさんの従業員を笑顔に
キックボクシングで高齢者の健康増進を
心の健康にもアプローチし、充実した生活の基礎づくりにつなげる
キックボクシングは、一般的にはハードで体力が必要というイメージがありますが、STYLEの客層は性別や年齢を問わず初心者も歓迎し、お客様の運動のレベルを0から1にする第一歩を応援しています。近年は、高齢者を対象とした健康寿命を延ばすためのトレーニングに力を入れて取り組んでおり、参加者には89歳の方もいます。
ある時、70代の男性会員の息子さんから届いた手紙には「父がキックボクシングを始めてから急にしっかりしました。体も脳も短期間で良くなってきていて、感謝です」と書いてありました。
「身体と心、脳はつながっているので運動習慣は大切」というのは一般的に良くいわれることですが、実際にトレーニングを受けている高齢者の方が目に見えて変化していることを実感し「キックボクシングフィットネスだからこそ実現できる、高齢化への対策があるのでは」と池本さんは考えました。
トレーニングでは「ワン、ツー、フック」など、トレーナーが言葉で指示を出し、お客様も復唱しながらパンチやキックなどのコンビネーション動作を行います。脳外科の医師にも意見を聞いて一連の動きを分析したところ「衰えがちな股関節や肩甲骨の可動域を広げられる」「コンビネーションを覚えることで脳を活性化させて認知症などの予防につなげられる」「関節に刺激を与えることで骨密度を上げられる」などのメリットが考えられるとのことでした。また、継続することで、動き続けられる体づくりとメンタル面の向上の両方が実現でき、健康寿命を延ばす可能性もあります。
実際にトレーニングを受けている方からは「姿勢が良くなり体幹を意識するようになった」「階段が楽に上がれるようになった」「二の腕が引き締まった」など、体の変化に関するコメントのほか、「前向きに生きようとする気持ちになれた、新しい自分になったような気持ちがする」などメンタル面の変化について喜びの声を聞くことができました。
池本さんには「この人生最高だった。そんな人を増やしたい」という想いがあります。現在は人生100年時代といわれ平均寿命が上がる一方で、健康寿命との差は8〜12歳もあり「長生きすることが不安」という方が少なくありません。
しかし健康であれば、趣味を楽しんだり、やりがいを持って働き続けたり、若い頃に知らなかったことを学んだりと、老後の生活は楽しいものとなるでしょう。トレーニングを通じて健康を維持し、体が変化する達成感や前向きな気持ちを得ることは、老後を生きるための希望や活力になるのです。
2022年に開店した泉大津店の周辺は特に高齢者の人口が多いエリアのため、60歳以上の方向けの無料クラスや、泉大津福祉センターと合同でのグループレッスンを行っており、市長にも報告するなど行政とも連携しています。
現在、50代以上の方向けに開発した健康増進プログラムは大阪市トップランナー育成事業に認定されています。医学療法士や脳外科の先生の観点も取り入れて、より動ける体や脳の活性化に効果的なプログラム作りに取り組み、実証研究を進めました。今後はさらに学術的に効果を検証しエビデンスのあるプログラム作りを目指します。
地域のニーズを大切にすることで、価値を確立
事業の可能性を広げ、高齢者向けのフィットネスの全国拡大を目指す
池本さんは周囲への応援を大切にしていますが、これまで一貫して「STYLEだからこそ」の価値提供に取り組んできた結果、逆に周囲から応援されるようになり、事業が成長してきました。
現在は「健康寿命が延びるフィットネス」としてメディアで紹介されるようになりました。
その結果、広告費を多くかけなくても多数の新規会員獲得を実現、求人費ゼロにもかかわらず、直近約1年間で正社員とアルバイト合わせて15名の雇用ができているなど安定した事業継続ができています。ほかにも、大手企業から好立地の自社物件に「池本さんのジムに入居してほしい」というリクエストを受けたり、異業種や行政、大学との連携を実現できたりと、事業の可能性を拡大しています。
STYLEは全国展開を目指しているものの、むやみに店舗を増やすのではなく「STYLEだからこそ」提供できる価値や社会貢献を重視しています。数年前は「100店舗出店する」という分かりやすい数字目標を置いていましたが、発想が変わったのは企業経営について相談をしていた方から、次のような言葉をかけられたからです。
「池本くんは格闘技でもチャンピオンになったから、また一番になりたいのは分かる。でも拡大していくと必ず価値が下がって崩壊していく。本当に地域にとって必要な店は、地域の方がファンになるし、絶対に潰れない」
この言葉を受けて、通い続けてくれる地域の顧客のニーズに向き合い、異業種とも協業し独自のプログラムを展開してきたからこそ、今のSTYLEがあるのです。
大阪を中心に多くの取り組みで実績を積み重ね、事業としての土台を固めることができたからこそ、今後高齢者向けのフィットネスの全国展開などを目指しています。
リングを降りた今も池本さんは挑戦を続けています。
最後に池本さんからの言葉を紹介しましょう。
「株式会社STYLEでは、2025年問題、超高齢化社会における日本において、健康寿命延伸をキックボクシングフィットネスを用いて課題解決できるプログラムを開発しました!
立命館大学、オムロンヘルスケアさんと文部科学省認定プロジェクトを実施。また地域の社会福祉協議会、福祉センターや自治体との連携では、65歳以上の男女、300名以上の方にキックボクシングを受けて頂きました!
立命館大学とは、滋賀草津キャンパスにて共同研究を行い論文発表もして頂きました。
現在は、スイスホテル南海大阪にてレッスンを開催していますが、これから全国規模の課題解決を見据えて動いていきます。」
<有識者の視点>
SSC評議審査員 泉 貴嗣
未来を創るための、ライバルの重要性
STYLEが取り組んでいる、アスリートのセカンドキャリアに関する問題は、日本では重要な社会課題です。
他の先進国では、スポーツの裾野は広く、さまざまな人がスポーツに触れて楽しむ中で、プロフェッショナルになる人もいれば、ライフワークとして関わる人もいる、といった構造を持っています。
しかし日本では、プロフェッショナルとなれたごく一部の人の下に、プロフェッショナルに辿り着けなかった大量の人が残されてしまうという仕組みがつくられています。後者の人たちは、職業訓練を受ける機会をほとんど得られず、その後どうやって生計を立てていくかが分からないまま、社会に出ていかざるを得ないのです。
この問題が解決されない限り、日本ではこれ以上、スポーツの裾野が広がることはないでしょう。STYLEが取り組んでいる、スポーツの安全保障、アスリートへの支援は、スポーツのサステナビリティという面で大きな価値があります。
すでにアスリートとしての経験がある人だけではなく、これからアスリートを目指す人への教育も事業として組み込んでいることも特筆すべきことです。アスリートたちのスキルを生かすことが、人生100年時代を生きる人々の健康促進につながっていく。職業教育という意味でも非常に大きい意味があると思います。
また、代表の池本さんは、会社を辞めて独立していった元社員にも、きちんとエールを送り続けています。
一般的な組織のリーダーには、競争に勝ち抜く役割が求められます。多くの企業では、競争相手が増えることを好みません。しかし、これだけ社会問題が深刻となっている今、志を同じくする仲間を増やすことも、社会の公器である企業を経営するリーダーの重要な役割です。
社会にインパクトのある課題解決を行いたいのであれば、同じ志を持って取り組む人が増えることが好ましい。つまり、どんどんライバルが増えること、時にはライバルを育てることも必要なのです。池本さんの姿勢は、広い意味での社会課題解決の促進、加速につながっています。