社会変革のためのプロジェクト
- 2024/11/11
「水」を起点に、地域をつなぎ世界を豊かに。インフラを支える給排水設備工事業、三代目の挑戦
※本記事は書籍『伝えたい、未来を創る会社―社会を変え、人を幸せにする会社 未来創造企業』(2023)から再編集しました。
●創業:1955年
●業種:水・空調設備工事業
●第1期未来創造企業認定
●未来創造企業としての取り組み:雨水を活用する「天水プロジェクト」、地域をつなぐプラットフォームづくり、世界の水問題の解決
創業から60数年。
水道という社会インフラを支え続けてきた一二三工業所は、
三代目として事業を承継した一二健夫氏の代に、
組織と事業において、変化する挑戦を大きく広げている。
変えたのは、「やり方」ではなく、「在り方」。
自身が「何を与えることができるのか」を徹底する。
一二氏が行動し、伝え続ける姿勢が社内に伝播した。
それにより、新たな力をもった仲間が集まるようになった。
その取り組みは、社内だけを向いているものではない。
事業を営む地域に対して、何ができるのかを考え、行動する。
その1つは、事業コアである「水」を起点とした
地域をつなぎ、豊かにする「天水プロジェクト」。
さらに、その先には世界がある。
水で悩み、困っている人はたくさんいる。
確実に存在する課題に対して、自分たちは何ができるのか。
大阪から世界へ、一二三工業所は挑戦する。
【目次】
●創業以来大切にしてきた「喜んでいただくこと」を、地域課題解決につなげる
●求職者に「選んでもらう」採用活動を全社員が成長する機会に
●町全体をダムに雨水を活用する「天水プロジェクト」
●地域課題を解決するプラットフォームづくりと世界への展開
<有識者の視点>
SSC評議審査員 天明 茂
社員を輝かせることが、地域や世界の課題解決につながる
創業以来大切にしてきた「喜んでいただくこと」を、地域課題解決につなげる
株式会社一二三工業所は、1955年の12月8日に創業、5年後の8月6日に設立された長い歴史のある企業です。主な事業は、給排水衛生設備工事・空調換気設備工事。大阪府・市を中心にした公共工事と、地元企業や一般住宅が主な顧客です。2024年で創業から69年、堅実にまじめに地域の仕事に取り組んできました。長年連れ添ってきた業者の協力も得ながら、顧客からの信頼を得ています。
創業日の12月8日は真珠湾攻撃のあった太平洋戦争開戦日、設立日の8月6日は広島への原爆投下、いわば終戦のきっかけになった日付です。創業者がこのような日付を選んだ背景には、本人の戦争体験があります。
株式会社一二三工業所の創業者は、戦時中、旧内務省土木工事事務所の鳥取出張所で働いていました。当時、鳥取出張所を含む中国四国の出張所を管轄していた事務所は広島にあり、後に「原爆ドーム」と呼ばれる産業奨励館という建物の3階ワンフロアでした。当時の原爆投下によって、疎開をしていなかった52名の職員が亡くなりました。
終戦後、広島の復興のため、各地方の出張所から派遣された中の一人が、株式会社一二三工業所の創業者でした。この体験があったことから、創業者は「戦争のない平和な社会づくり」を株式会社一二三工業所の事業の目的に掲げました。12月8日、8月6日の創業日、設立日のおかげで、従業員は事業の目的に常に立ち返ることができ、使命感を持って仕事に取り組むことができています。
現代表である三代目の一二建夫さんは改めてこの理念と向き合うことで、地域課題にも注目し、さまざまな取り組みを行っています。また、社員とその家族にも喜んでもらうことを考え、福利厚生の向上や、誰でも自由に意見を言える会議を設けるなどの改革を行ってきました。社内の雰囲気やコミュニケーションの改善にも影響を与えています。
経営理念
「喜んでいただくこと」
一、社員とその家族に
二、お客様一人一人に
三、地域社会の皆様に
すべての方々に喜んでいただける企業となること。業を目指し、未来の進歩・発展に貢献します。
求職者に「選んでもらう」採用活動
新しい人材との出会いが全社員の成長する機会に
一二三工業所は創業して60年以上、主に学校や集合住宅の水と空気の設備やメンテナンスに関わる仕事に取り組んできました。
だからこそ一二さんは、安心して水を口にしたり、空調の良い部屋で暮らせたりすることは、とてもありがたいことであると深く理解しています。世界の1割の人たちは安全な水を利用できず、三分の一の人たちは、十分な衛生設備のない生活をしています。そのうち、50万人もの子どもたちが、衛生環境により下痢で命を落としているといわれています。
安全でおいしい水をいつでも好きなように使えることは、けっして当たり前のことではありません。水だけではなく、空調も同様です。たとえ連日猛暑が続こうが、快適な空調の中で過ごせるようになったのも、日本でさえ、ここ数十年のことなのです。
このような背景から、一二さんは社会貢献事業を主要な事業の一つと位置付け、経営理念・ビジョンに基づいて事業計画、組織体制、就業規則や業務フローなどを見直しました。それにより、理系の新卒人材が入社してくるようになりました。新しい人材が入ったことで、次第に活発な意見が出るようになり、若手の躍動によりベテラン社員の主体性も発揮され、良い循環が生じるようになりました。
そこで一二さんは、採用活動にも力を入れるようになりました。採用方針を決める際には、全社員が参加して話し合います。会社説明会、事務所見学会、現場見学会を丁寧に行い、社員面接、役員面接を経て内定を出します。
この採用のプロセスにおいて、代表の一二さんは関与しません。日々を共に働くメンバーによって仲間を選ぶ必要がある、と考えているためです。全社員が、採用活動の度に成長していきます。
一二さんが採用のプロセスにおいて最も大切にしているのは、会社ではなく、「求職者が主役である」という点です。企業が企業活動に必要な人材を選ぶのではなく、求職者が自らの人生を豊かにするために必要な会社を選ぶ、という求職者側の目線で、すべての採用フローを考えています。
内定者は、最後に代表の一二さんの面接をします。自分がこれから働く会社の代表がどんな人物なのかを見定めてもらうためです。それも、朝から晩まで時間をかけて行う「一日面接」です。短時間では気付きにくい、代表の悪い面まで見てもらおうという狙いがあります。
この面接によって、万が一、内定を辞退する結果になったとしても、中小企業の経営者と一日を過ごす体験は、求職者にとって何らかの学びにはなるのではないかと、一二さんは考えています。
雨水を活用する「天水プロジェクト」
町全体をダムにして、地域の安全を守る
経営理念に基づき新たな取り組みを進める中で、数字にも変化が現れました。利益率の改善、給与賞与の増加だけでなく、残業時間の削減、有給取得率の増加など、働き方の面でも効果が感じられます。
しかし、自社が成長しようが、良い雰囲気になろうが、依然として地域では困っている方がいます。そして世界には、一二三工業所が扱う「水」にアクセスできない方が多くいます。そこで本業を通じた社会課題解決に向けて、いよいよチャレンジを開始しました。
一二三工業所の周辺にも、多くの地域課題が存在します。
シングルマザーの家庭で、母親が出かけている間にエアコンが止まってしまい、自宅にいた赤ちゃんが熱中症で亡くなるという出来事がありました。単身高齢者の孤独死なども、増加しています。これらのことは、地域企業として日ごろからもっと地域との関係性があれば、未然に防ぐことができたのではないか。一二さんはそう考えるようになりました。
さらに、自然災害にも目を向けました。
一二三工業所の周辺には一級河川があります。もし決壊すれば、10m近く水没する可能性があるエリアです。大雨時、この河川からゆっくりと排水する設備ができれば、リスクを軽減できるかもしれません。
また、上流では林業の衰退が進んでいます。流域内部で間伐材の利活用が進めば、森林環境を保全し、大雨時の土砂流出を防ぐことにつながるかもしれません。
このような視点から、一二さんは、「天水(あまみず)プロジェクト」を開始しました。
まずは、NPO法人「関西雨水市民の会」と連携し、毎月の啓蒙イベントを実施し、有識者の講演会を行っています。そこで興味を持った地域企業には、雨水タンクを設置してもらいます。町に多くの雨水タンクを設置することで、町全体をダムにする計画を進めているのです。
地域課題を解決するプラットフォームづくり
日本の水循環モデルで世界の水リスク改善に貢献したい
2023年度には、地域で100の雨水タンクを設置することを目標にしました。雨水タンクを設置する際には、地域の防災に関する企業と連携し、地域企業が各エリアでの防災拠点となるよう配慮しています。
また、地域行政とも連携し、各小学校での環境学習の授業を行っています。すでに「関西雨水市民の会」によって、大阪府八尾市のすべての小学校で授業が実施されました。その内容を他の地域でも活用し、さらに広めていきたいと考えています。2025年度には、地域の小学校にも雨水タンクの設置を開始できるよう、雨水タンクメーカーと連携し、安全な設置方法について協議をしています。
町全体をダムにする取り組みを通して、地域コミュニティを形成し、「地域課題の解決のためのプラットフォーム」にすることを目指しています。
さらに周辺の地域へと取り組みの輪を広げ、流域全体でこのプロジェクトに取り組めば、町ダム構想がより現実的になっていきます。流域エリア全体で、森林から海までをつなげた水循環モデルを形成し、雨水の利活用を社会全体に啓蒙していきたいと、一二さんは考えているのです。
一二さんの夢は、日本全体が雨水の活用を行う国になり、世界に展開すること。世界に日本の天水(AMAMIZU)を輸出し、これまで世界最大規模に水を輸入してきた日本が、世界の水リスクに貢献していく国へと180度転換することです。
約70年前に創業者が抱いた「戦争のない平和な社会づくり」という事業の目的は、一二さんにも確かに受け継がれています。時代にあわせて事業の形を変えながらも、目的達成のために前進を続けています。
<有識者の視点>
SSC評議審査員 天明 茂
社員を輝かせることが、地域や世界の課題解決につながる
一二三工業所は、創業記念日や設立記念日の縁から、平和な社会づくりへの思いを初代から受け継いでいることを心に刻んでいます。現代表の一二さんは、先代の事業への思いをしっかりと引き継いだ上で、会社の規模を大きくさせるより、お客様だけでなく、社員のため、地域のため、人々に喜んでもらえる会社にしようと考えているのです。
社員に喜んでもらうという点で特徴的なのは、一二三工業所の採用の仕組みです。一般的に、採用時は会社が応募者を面接しますが、一二さんは、会社を応募者に選んでもらうという考えのもと採用プロセスを設けています。
これまで会社と社員の関係は、「社員は会社に貢献し、会社は社員を使って業績を上げる」というものでした。しかし、最近は大きく変わろうとしています。会社が社員の幸せを応援する時代になってきています。
一二三工業所はこれを先取りしていることが応募者の採用の姿勢に表われているのです。社員を輝かせるために会社がある。社員が輝けば会社が輝き、会社が輝けばお客様や地域が輝く。社員を第一に据えている一二三工業所では、会社のビジョンや存在意義も社員みんなで決めていく会社を目指しています。まさに「会社のみんな化」と言っていいでしょう。
地域に喜んでもらうという点では、「町全体をダムにする」という大胆な発想が印象的です。水道工事の事業だけを見ていたら、「天水プロジェクト」のようなアイデアは生まれません。一二さんが日頃から、地域のために何ができるかを考え、幅広い視点で自社の事業を捉えているからこそ、このような斬新なプロジェクトにつながるのでしょう。
町の水道工事屋さんでありながら、地域を超えて、日本や世界の水資源の問題を考えている。この着眼点と行動を見習うと同時に、ぜひ応援していきたいと思っています。