社会変革のためのプロジェクト

2024/11/27

社会的養護から社会的養育へ。一人の税理士が始めた、児童養護施設退所後の道を地域企業がつくる「大空への翼」プロジェクト

●創業:2014年
●業種:サービス業(税理士事務所)
●第3期未来創造企業認定
●未来創造企業としての取り組み:児童養護施設を退所する子どもたちの就労、地域の企業が支える社会的養育の実現

 


 

” 出会ってしまった ” から始まった

 

「負の連鎖を断ち切るきっかけにしたい」
 
そう強く心に決めたのは、6年前、社会的養護の対象となる子どもたちを支援しているNPO団体フェアスタート代表の永岡氏との出会いだった。

 

その出会いをきっかけに「大空への翼」プロジェクトが始まった。

 

このプロジェクトは、児童養護施設を退所後の子どもたちが活躍できる道をつくり「貧困の連鎖を断ち社会的養育の実現」を目的としている。

 

「 “ 出会ってしまった ” からには、私たち税理士事務所でできることはないかと1年ほどかけて考えたサービスが『支援型顧問契約』です。」

 


 

【目次】

●児童養護施設退所後の多くの子どもたちを待ち受けるのは、生活の苦しさが生む負の連鎖

●「大空への翼」は雇用問題解決のひとつの手段になる

●資格取得が目的ではない。関わりを持ち自立するための線を創ること

●全国600施設、1施設100の企業からの支援を目指す

●施設入所中からの実務の経験は、子どもたちの選択肢を広げる

●子どもたちの教育原資となる「支援型顧問契約」の提供。事業として社会課題解決をすることで、持続可能な支援ができる

●地域の大人が子どもたちに目を向け、未来の担い手を育てる社会を目指す

 


 

児童養護施設退所後の多くの子どもたちを待ち受けるのは、生活の苦しさが生む負の連鎖

 


現在、日本に児童養護施設を含む社会的養護を提供する施設は約600箇所。社会的養護のもとに保護されている児童数は41,507人と言われている。(令和5年3月末時点)
税理士法人であるエンパワージャパンが始めた「児童養護施設に暮らす子どもたちに企業が、事前に教育機会を提供し、退所と同時に就労機会をつくる取り組み」が『大空への翼』プロジェクトだ。

 

穂坂氏は言う。

 

「子どもたちが社会的養護を受けることになった理由は親に起因します。その理由の第一位が『虐待』。統計上の数値以上に、虐待経験のある子どもたちが多いと感じています。他の理由も経済的理由、親の疾患等、当然子どもたちには何の責もない理由によって、子どもたちはここにいる。その子どもたちが社会に出ていく際に、現時点では多くのハードルがあるのが事実です。私たちが運営している『大空への翼』プロジェクトは、そういった子どもたちを、社会が、企業が、支える側となって受け入れていくための取り組みなのです」

 

児童養護施設に暮らす子供たちは、原則満18歳を超えると、保護措置が解除されて、退所しなければならなかった。(2024年4月に法改正が施工され、上限が撤廃されたが、いつまでも施設にいられるわけではない)

 

虐待や経済的理由で児童養護施設に入っている子は高校を卒業後、いきなり社会に放り出され、自分で生活していかなければならないのだ。
 
「学校に来る高卒専門の求人票しか就職先を選ぶことが出来ず、ましてや親権者の同意が得られないことで家を借りることも容易ではありません。少ない求人の中からさらに社宅付きや寮を完備してい数少ない会社の中からしか選べず、ますます自分に合った就職は困難です。」

 

就職が困難になると、女の子は比較的安易に働ける水商売に手を出しやすく、男の子も不安定な職についてしまうケースが多い。生活が不安定なまま妊娠、結婚、出産となってしまうことも多く、そこでまた虐待や経済的理由で施設に預けるという負の連鎖が続いてしまう。

 

「いきなり社会に出されて居場所を失い、不安定な生活を送らないようにすることで、負の連鎖になりうるきっかけを断ちたい。大空への翼プロジェクトでは、それを地域の企業とともに実現していきたいです。」

 

 

「大空への翼」は雇用問題解決のひとつの手段になる

 

大空への翼プロジェクトで行っていることを簡単にまとめて紹介しておこう。

 

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①児童養護施設に暮らす子どもたちに無償で「簿記・経理」に関する教育を提供する。(教育の提供は税理士法人エンパワージャパンが担当)

 

②子どもたちは学習後、インターンとして税理士法人で働き始める。

 

③18歳の3月の退所後、そのまま税理士法人に就職し、企業の経理担当者として実務を行うことができる。

※これまでは運営しているエンパワージャパンが就職の受け入れ先となってきたが、今後は同地域内の地域企業が就職先として連携していく。
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大空への翼プロジェクトでは、教育と事前のインターンを重ねることで、子どもたちにとっても、企業にとっても「ここで働きたい」「この人と働きたい」を成立させることができる機会にもなっているのだ。

 

雇用の問題は、中小企業にとっても深刻な課題だ。

 

少子高齢化により、働いてもらえる人材をいかに確保していくかは今後ますます問題になっていくことは明らか。一方で、自分に合った就職先がなく、不安定な生活を送る施設出身の子どもたちがいる。

 

それならば、人材の採用と確保の一つの手段として事前に子どもたちと関わりを持ち、迎え入れるような採用活動を行い、将来の担い手を育てていく。これは、大企業ではなく民間の中小企業だからこそできることだ。

 

「どんないい履歴書を書いたって、どんないい求人票を出したって、結局は働いてみないとわからないですよね。だからこそ、大空への翼プロジェクトでは児童養護施設にいる中高生のうちから関わりを持ち、お互いのミスマッチを防ぐことができるんです。」

 

企業にとって、採用には多額の費用がかかる。ミスマッチによってすぐに離職してしまうと、また採用活動に注力しなければならず、双方にとってデメリットが大きい。採用前から時間をかけて関わりを持つことで、お互いに納得感を持って仕事ができ、高いリクルート費用をかけずに働き手と出会うことができる。

 

児童養護施設を退所後の雇用を守ることは、企業が抱える採用問題の解決にも繋がっていくはずだ。

 

資格取得が目的ではない。関わりを持ち自立するための線を創ること

 

エンパワージャパンでは、単純に施設退所後の雇用の受け皿を用意しているわけではない。子どもたちとコミュニケーションを取りながら、お互いのことを知るところから始める。

 

「まずは子どもたちに興味関心を持ってもらう必要がありますが、その前に各施設の職員の方とのコミュニケーションをとり、この子だったらこんな可能性があるけどサポートしてあげられないと思う子を推薦してもらうところから始めます。

例えば、現在関わっている施設では、簿記や計算に向いている子を推薦してくださいとお願いしています。そして、推薦してもらった子と職員の方と一緒に事務所に見学に来てもらい、仕事内容やどんな人が働いているかなどを話します。」

 

施設の職員は、関わっている子どもたちをどこまでもサポートできるわけではない。大学に進学させたいと思っても希望者の学費を肩代わりするわけにもいかず、自宅に住まわせることも難しい。親代わりとなる職員がしたくてもできない部分をサポートしていく。
 
高校生になると、子どもたちは退所後のことを考えてアルバイトをしてお金を貯めている子も多い。エンパワージャパンでの取り組みでは、学校帰りに簿記の資格の勉強を教えながら時給を渡している。

 

「資格の勉強もできてちょっとお小遣いももらえるならいいよね。くらいの感じで来てもいいと思っています。勉強するモチベーションも大切ですし。そこで資格が取れたら、本格的にアルバイトに入ってもらって働くイメージをつけてもらい、バイト代を渡しています。」

 

資格を取ることだけが目的ではない。直接勉強を教え、関係性を作っていくことが重要だと考える。点と点の就職ではなく、お互いの関係性を創りだす就職を目指している。 

 

全国600施設、1施設100の企業からの支援を目指す


これまでは大空への翼プロジェクトを運営しているエンパワージャパンが就職の受け入れ先となってきたが、今後は同地域内の地域企業が就職先として連携していくのだという。

 

現在、社会的養護を受けている子どもは、0歳児から18歳まで全国に約4万2000人いる。その中で、満18歳を迎えて保護措置が解除され社会に出る子は、年間でおよそ1500人から2000人になる。

 

穂坂さん達の取り組みだけでは迎えられる人数はごく一部とはなるが、同じように取り組む地域企業が、様々な地域・業種で広がっていけば、この1500~2000人の子どもたちの全員に、将来の道をつくることができる。

 

日本に中小企業は約300万社あり、そのうち1%の3万社が10年に1人でも児童養護施設の子どもを受け入れれば、毎年退所する子どもたちを雇用できるようになると予測している。

 

そのために組織づくりとして、エンパワージャパンでは、地域で子どもを見守り、未来の担い手として育てることに賛同してもらえる企業メンバー『エンパワーファミリー』を募っている。

 

「児童養護施設は日本全国に600施設あります。すべての施設で、迎え入れる形の就職を叶えるには、1施設につき地域の企業100社、つまりは6万社がエンパワーファミリーに賛同してもらい、子どもたちの選択肢が広がる状態を目指したいです。そこでまずは、来年(2025年)の3月までに、弊社が関わっている横浜を中心とした5つの養護施設に100社のファミリーを募集します。それに向けて、年内にはNPO法人を立てられるように準備しています。」

 

施設入所中からの実務の経験は、子どもたちの選択肢を広げる

 

エンパワージャパンでは、6年前からこの取り組みを始め、第1期と2期で支援をした子がエンパワージャパンに就職して税理士を目指している。現在は第3期の支援に入っていて、これから進路を考える段階にある。

 

就職した2人は、高校1年生〜2年生の頃から関わり、最初は簿記の勉強から始まった。第3期4期も同様に簿記の勉強から始めている。

 

第4期は、顧問契約先の企業と連携しながら経理人材として帳簿作成などを教えていく予定だ。エンパワージャパン以外の企業の支援は初となる。

 

「顧問先の企業だから、うちで請けている帳簿の付け方をそのまま教えられます。その会社の会計処理ができる状態で卒業と同時に就職すれば、即戦力となる可能性が高いです。まったく未経験でゼロから教えるよりも、企業にとっても教育にかける時間は大幅に短縮できますし、その子にとってもスキルアップのスピードも上がります。」

 

求人票中の最低限の雇用条件で就職するよりも、資格を保有していて実務の経験もあれば、もっと待遇のいいところに就職できる可能性もある。そして就職前に実務体験を積むことでそこで働くイメージがつきやすく、企業にとってもミスマッチが防げる。

 

「ただ、支援を受けたからといって絶対にここで就職しないといけないとなると、子どもたちの可能性を狭め、プロジェクトの目的とは本末転倒になってしまいます。最終的には子どもの意思で進路を決めてもらい、強制することがないようにしています。」

 

子どもたちの教育原資となる「支援型顧問契約」の提供。
事業として社会課題解決をすることで、持続可能な支援ができる

 

持続可能な支援をするには、ボランティアでは続けられない。事業として社会課題を解決していかなければならない。

 

このための仕組みとして、エンパワージャパンでは顧客企業に対して、本業の税務顧問について「支援型顧問契約」という制度を提供している。

 

支援型顧問契約は、従来の税務顧問契約とサービス内容はまったく同じで変わりはない。

大きく違う点は、この支援型顧問契約で得た収益は子どもたちの教育と活動のために使うと使用用途を定めていることだ。簿記勉強中の時給やアルバイト代にしたり、エンパワーファミリーの活動に充てている。また、通常の顧問契約期間は1年で更新だが、支援型顧問契約は長期的な関わりとするために2年間としている。

 

「支援型顧問契約を通じて、エンパワーファミリーに加入してもらえる企業が増えていけば嬉しいです。支援が増えれば、うまくいかない事例も当然出てくると思いますが、しっかりエンパワーファミリー内で共有していこうと思っています。
資格を取ることや雇用することが目的ではなくて、子どもたちとの関わりを持つことが大切で、それに共感してくださる方々と一緒にやっていきたいです。」

 

最終的には子どもたちを雇用してくれる会社を増やして、双方の課題解決を目指している。しかし、雇用は簡単なことではない。支援した子が雇用まではいかなくとも、自分たちを気にかけてくれている大人がいるというだけでも子どもたちにとっては心強いはずだ。

 

地域の大人が子どもたちに目を向け、未来の担い手を育てる社会を目指す

「6年前、フェアスタートの永岡さんに児童養護施設の話を聞いたときに強く思ったのは、私は親から愛情をたくさん受けて生かしてもらっている、ということでした。過去に人生を諦めようとした時、父親からの “ 生きていてほしい ” という言葉に救われた経験があります。
だからこそ、世の中には自分を必要としている人がいる、生きてていいんだと思えるように、なってほしいんです。私と関わったことで1人でも人生が変わったと思ってくれたら嬉しいなと思っています。」

 

社会で居場所を失い負の連鎖に陥ってしまうのは、児童養護施設で社会的養護の対象となる子どもをはじめ、あらゆる子どもたちの問題でもある。精神的障がいや発達障がいなど、今はさまざまなカテゴライズがされてしまう。地域の大人たちが、子どもたちのでこぼこした才能やとびぬけたところを見つけて、より伸ばせるように。

 

「大空への翼」は、地域のみんなで未来の担い手である子どもたちを育てる社会の実現を目指し、活動を続けている。