社会変革のためのプロジェクト
- 2024/11/20
農業は国防。異色の米農家6代目が異業種連携×有機農業で仕掛ける「農家だけがリスクを負わない消費者が共に支える流通の仕組み」
●創業:2017年
●業種:農業(農業経営、生産・販売、水田作業受託、精米業 等)
●第8期未来創造企業認定
●未来創造企業としての取り組み:消費者が共に支える米の流通モデルの事業化
米農家の6代目として生まれた佐藤拓郎さんは
子どもの頃から「儲からない農家の実態」を目の当たりにしてきた。
高校卒業後、家業に入り、実際に働いてみると
生産者が怠けているわけではなく、産業構造に問題があることに気づく。
それを解決するために、水田のオーナーを募集し、
生産者と消費者が直接つながるマッチングサービスを開発。
双方にメリットが生まれる活動を始めた。
さらに今は有機農業の拡大に注力している。
その理由は、地球の環境問題は「待ったなし」の状態にあることだ。
現在の地球環境がどのくらい危機的な状況にあるかをまとめた「プラネタリーバウンダリー」に
設定されている9項目のうち、6項目は、現在すでに限界を超えている。
日本全体が有機農業になったとしても、大きな変化はないかもしれない。
それでも自分たちだからこそ、できることがある。
そう信じて、佐藤さんは農業の改革にまい進している。
【目次】
●「未来の農業を創る」をミッションに掲げて、企業の水田オーナー制度を広げるUKANO
●アイデアの原点は長年続けてきた1口5,000円で水田に出資する「だいたんぼプロジェクト」
●「つくってから売るのではなく、売ってからつくる」 佐藤さんが行った発想の逆転
●有機農業へは「今」取り組まなければならない
●農業は国防。大切な食料を守るために私達ができること
「未来の農業を創る」をミッションに掲げて、企業の水田オーナー制度を広げるUKANO
青森県黒石市の米農家6代目である佐藤拓郎さんは、2017年に株式会社アグリーンハートを設立し、有機農業やテクノロジーを活用したスマート農業、食育など、さまざまな取り組みを行ってきた。
根幹にある思いは「未来の食を守り、子供たちに希望と笑顔を与える楽しい農業」を実現することだ。その思いはさらに広がり、2024年7月には経営実践研究会の仲間とともに、新たに株式会社UKANOを創業した。
事業内容はユニークで、企業を対象にした「有機農業水田オーナー制度」を実施している。企業が費用を支払い10a(1000㎡)以上の田のオーナーになることで、農作業を年2回体験できたり、区画で取れた米をリターン品として受け取れたりと、さまざまな特典がある。
「我々のミッションは『未来の農業を創る』こと。今後の日本にとって最大の課題は食料不足なので、その解決を目指すとともに農家の新しい経済体系をつくりたい。それを実現するためのオーナー制度であり、消費者が農家を買い支えて、農家が消費者を創り支えるマッチングプラットフォームをつくろうと考えた」
今年から試験的にスタートし、まずはアグリーンハートが所有する水田のオーナーを募集したところ、数件の企業から申し込みがあった。来年は水田を貸す農家も、オーナー側の企業も増やしていく予定で、来年は、オーナーの数が50、登録農家は10件を目指しています。
「農家に声をかけて、取り組みの目的と内容を話すと、多くの農家が賛同してくれた。オーナーから費用を受け取ることで、売上を大きくあげられる秋の収穫時だけではなくリスクを分散して収入を得ることができる。デメリットはないと思っている」
アイデアの原点は長年続けてきた1口5,000円で水田に出資する「だいたんぼプロジェクト」
「有機農業水田オーナー制度」は思いつきのアイデアではない。佐藤さんがアグリーンハートで続けてきた「だいたんぼプロジェクト」を原点とした事業だ。
「だいたんぼプロジェクト」は、東京都・世田谷区代田の人々専用の「田(だいたんぼ)」を青森県黒石市につくるプロジェクトであり、1口5,000円から出資して参加することができる。秋に収穫したお米は「代田米」として販売される。
代田米は障害者雇用を取り入れて生産し、オリンピック・パラリンピックの選手村の食事や学校の給食にも提供するまでになったという。そして、この活動に佐藤さんは農家としての大きな可能性を感じたと振り返る。
「米農家は通常、秋にしか収入がないが、オーナー制度をやることで年間を通した収入を期待できる。また、消費者側は自分専用の田んぼがあって、稲刈りに来るなど、農業や食料の『自分事化』が起きる。両者にとってメリットのある取り組みと感じた」
その経験から佐藤さんは企業の福利厚生と結び付けたオーナー制度を構想する。近年は企業が自社で利用する電力は自社でまかなうオフグリッドの流れがあるように、米を中心とした食料も自分たちで生産するという未来が、やってくるかもしれないと考えたのだ。
「農業の担い手が減少していき、米の生産量が減る。そうすると提携農家のような『かかりつけ農家』を企業がもつ時代が来るんじゃないか。そのマッチングの構想を経営実践研究会の仲間に伝えたところ、Web制作会社を経営していて企業の魅力を発信する仕事をしている花井さんと意気投合し、手を組むことに。オーナー制度で必要なのはオンライン上のマッチングや農家の魅力を伝えることなので、お互いの強みを生かすことができる」
「つくってから売るのではなく、売ってからつくる」
佐藤さんが行った発想の逆転
生産者と消費者のマッチングにより直接つながる制度を考えた経緯は、佐藤さん自身が農家に生まれ、現在も農業に従事している当事者であることを切り離しては語れない。外からはわからない内側の現実を子どもの頃から見てきた。
「家が借金しながら農家を営む姿が当たり前にあった。今思えば農業の産業構造がおかしく、生産する農家が相場に都合よく左右される体制になっている。コロナ禍では、給料がなかったどころか、働くだけ費用がかかって損をした状態となった」
そのような現実をまだ知らなかった佐藤さんは、高校を卒業して実家で就農する。その直前に4代目の祖父の経営が破綻し、父が引き継ぎ、周囲からのサポートを得て再スタートするという状況だった。その後も苦しい経営は続いた。
そこで佐藤さんは「発想の転換」をした。
つくってから売るのではなく、売ってからつくると、考え方を180度逆転させたのだ。「既存の方法で無理なのであれば、新しい視点から再編成が必要」という思いから、価格競争をせずに健全に経営を回す方法を考え抜いた。
「それからアグリーンハートではどんな米をつくれば買い手の理念とマッチするかを考えて、事前に買い手とすり合わせをしている。その際に化学肥料を使わないから、他よりも高い価格になるとしっかり説明もして。理念や思いがマッチしていると高い価格でも買ってくれる」
1年、もしくは複数年(3年)の契約をしてからタネをまくのがアグリーンハートの主流。しかも、数量ベースではなく、面積ベースで契約し、そこから収穫できた全てを買ってもらうという、リスクシェアをしている。この方法によりアグリーンハートの経営は安定し、現在は令和13年までに生産する米の一部の販売が終了しているという。
「この方法を農業全体に展開していきたい。普通に考えて自分でつくったものの値段を、自分でつけられないのは、おかしい。他の業態ではそんなことはほぼない。でも、農家の人たちはそれが当たり前に続いてきたから疑問を感じない。農業は経営者がいない経営になってしまっている。その改革をしたい」
有機農業へは「今」取り組まなければならない
佐藤さんはUKANOのオーダー制度でも「有機農業水田」と有機農業にこだわることにも、過去の原体験が色濃く影響している。
「一緒に農家をしている親戚が車いすの欠かせない障害者になってしまい、心が病み、共に暮らす私達もダメージを受けた。こういう人たちの生きがいを農業でつくれたらいいと考えたときに障害者雇用の可能性を考えた。でも、袋詰めをしてもらっても以前の半分以下しかできない。父は無理だと言ったが、私は半分しかつくれないなら付加価値をつけて倍以上の値段で売ればいいと、ここでも発想の逆転をした」
付加価値を付けて、高価格で販売するための手法として佐藤さんが目を付けたものが有機農業だった。調べていくと食料としての高機能性に興味をもち、アグリーンハートで実際に取り組むようになった。
「日本の有機農業面積25%を2050年までに到達する」。これはUKANOが掲げるビジョンだ。現在は0.5%程度と目標値にはほど遠く、かなり高いハードルことは間違いない。
それでもこの数値を出した背景について、佐藤さんは次のように説明する。
「2021年5月に『みどりの食料システム戦略』という国策が出た。私もその提言者になっている。現在は地球規模で最終局面であり、一次産業の在り方から考えなおさないといけない」
2009年の環境サミットで発表された、地球環境が安定した状態を保てる限界の範囲を示した9項目をまとめた「プラネタリーバウンダリー」というものがある。それが現在は、「気候変動」や「生物圏の健全さ」など、じつに6項目で限界を突破している現状がある。
「たとえば二酸化炭素濃度は過去100年で35ppmしか上がっていなかったものが、今は毎年2ppmずつ上がっている。私には7歳の子どもがいて、彼が私の年齢の頃は今よりも70ppm高い世界で生きることになる。二酸化炭素濃度が上がると免疫力が低下して、感染症などを引き起こしやすくなる」
実際は、日本の農地が全て有機農業になったとしても、地球環境には大きな影響をもたらすものでは、ないかもしれない。それでも佐藤さんは、強い意志を語る。
「有機農業が広がることで、人間の体には大きな変化がある。医療費が減るレベルまで発展すると思っている。未来の子どもたちのために、有機農業を広めること。できるか、無理かではなく、今やらなければいけない」
農業は国防。大切な食料を守るために私達ができること
有機農業を広めるためには、生産者の意識変化が不可欠だ。佐藤さんは直接対話し、有機農業の意義とメリットを伝え続けている。
「生産者は農業の難しさを知っているからこそ、無理と言う。でも、私達は実際にやっているから無理ではないことを知っている。確かに化学肥料を使う農業は農作物をつくることで、有機農業は土を微生物と一緒につくることなので、全く別物。全く違うから怖くて踏み込めない。そこを一緒に支える人がいればチャレンジできる」
UKANOは有機農業未経験の農家に対して、有機農業の方法を提供・サポートする。さらに、そこで生産する米の販売先もオーナー制度により確保して、企業が全て買い取る。これまでの販売法とは全く異なるアプローチを行っていく。
「この仕組みがあれば、農家が有機農業をやらない理由をなくすことができる。今は技術革新があり、有機農業に取り組みやすくなっている。それまでは堆肥として使えなかった資源を2004年から使えるようになった。たとえば、ホタテの貝殻を堆肥にする技術をうちはもっている」
最後に、佐藤さんは「農業は国防」と語気を強める。米農家に任せればいいものではなく、国全体で考え、消費者も巻き込んでいくことが今後は不可欠だ。
「経済的な生産年齢は15歳から64歳と言われている。でも、農家の平均年齢は69歳。つまり、生産年齢からはみ出している人がやっている。今、全国に高齢者が3,500万人、障害者が1,100万人。引きこもりと出所者が400万人いる。合計で5千万人。1億2千万人のうちの5千万人はマイノリティじゃない。その人たちに活躍してもらう農業を考えたい。社会に合わせた人を育てるのではなく、人に合わせた社会を育てていく」