社会変革のためのプロジェクト
- 2024/11/19
東日本大震災直後に最大被災地である宮城県石巻市に創業したラポールヘア・グループは、更なる成長と社会的インパクトの拡大を目指します
※本記事は書籍『伝えたい、未来を創る会社―社会を変え、人を幸せにする会社 未来創造企業』(2023)から再編集しました。
●創業:2011年
●業種:社会課題解決型美容室の運営およびソーシャルフランチャイズ展開
●第1期未来創造企業認定
●未来創造企業としての取り組み:被災地における美容室の創業、理美容業界の課題である働き方の改革、社会的にも環境的にも、持続可能な美容室の事業モデルを構築する経営。
東日本大震災の発災を機に、宮城県石巻市で創業した美容室ラポールヘア。
震災地に対して、経営者として何ができるのかという早瀬氏の葛藤から始まった。
働く場所や子どもの預け先を失った子育て中の女性美容師に働く場所を創りたいと、
早瀬氏は、家事や育児、親の介護などといった時間に制約のある女性技術者が、自分らしく働き続けられる場を増やすとともに、美容サービスの提供によって、地域とつながり、自分らしく暮らし続けられる人を増やしたいとの思いで美容室を創った。
震災直後、被災地に移住し、物件を探し始めた時、
地元の声は必ずしも歓迎のものばかりではなかった。
「今、それどころじゃないだろう」
そんな声を叩きつけられることもあった。
しかし、早瀬氏は変わらず、ひたすら美容室を開くため、出店場所の確保に走った。
その想いが事業展開へつながり、
今や、数百名の雇用を生み出し、東北の各地域からも称賛の声が上がる。
さらに、その流れは、全国、そして世界へと広がっている。
目指しているのは、顧客や従業員だけが満足するのではなく、
関係者全てが笑顔になる「八方良し」の経営。
自らを起点に、笑顔と共感の輪を拡げていき、
更なる成長と社会的インパクトの拡大を目指す。
【目次】
●東日本大震災直後に上場企業の役員を辞職 目の当たりにした被災地の状況で創業を決意
●日本の理美容業界における働き方の課題を解決 地域貢献やノウハウを活かした新興国での展開も視野に
●女性が自分らしくイキイキと働き続けられる環境づくり どんなライフステージでも柔軟に、そして長く働ける事業運営を目指して
●「八方良し」の経営を追求 より信頼関係を大切にし、積極的に発信できる経営を目指す
●課題先進国日本から、ASEANへの事業展開へ 歴史の長い理美容業界にWell-beingの追及を通して社会的インパクトの拡大を目指す
<有識者の視点>SSC評議審査員 泉 貴嗣「未来の創造は、人の創造から」
東日本大震災直後に上場企業の役員を辞職
目の当たりにした被災地の状況で創業を決意
株式会社ラポールヘア・グループ(以下、ラポールヘア)は、2011年7月に東日本大震災の最大被災地である宮城県石巻市で創業された会社です。2023年4月時点で、県内外で44店舗を展開しており、美容室という事業を通して、「時間に制約のある女性」の雇用機会の創出と社会的インパクトの拡大に注力しています。地方地域を中心に展開し、中高年世代を主な顧客ターゲットにしています。
震災当時、東京で美容室事業を展開する上場企業の役員であった早瀬渉さんは、震災をきっかけに、同年4月に会社を退職。被災地の状況を把握すればするほど、経営者としての経験を活かした自分だからこそできる被災地復興の在り方、地方地域の課題解決について考えるようになりました。
早瀬さんが初めて被災地を訪れたのは、震災の爪痕が生々しく残る、同年5月のこと。最大被災地の1つである石巻で創業を決意したのは、震災前は石巻市だけでも約1000店あった理美容室のうち、500〜600店が津波で流されてなくなったことを、早瀬さんが目の当たりにしたことがきっかけでした。
そこで多くの美容師が働く場所を突然失っている状況を知ります。そのなかでも特に、震災によって働く場所や子どもの預け先を失った、子育て中の女性美容師の雇用機会を創出したいと早瀬さんは考えました。震災が発災した時間は14時46分。まだ子供が小学校や保育園にいる時間。もう子供を預けてまで働きたくないというご家庭も増えていました。
私たちは、保育士などの託児スタッフ常駐の無料キッズルームを併設した美容室を展開することを計画。女性のライフステージに寄り添ったシフト制を導入し、働く場所と子どもを預かる場所を同時に提供するという形で1号店目をスタートしました。
「被災地の課題は、日本全国における地方地域の社会課題とつながっている」。早瀬さんはラポールヘアを立ち上げる際に、そのことを実感したと言います。それゆえに、日本の中でも社会課題集積地域といわれるようになった被災地から生み出した事業を成長させることは、ひいては日本全国における地方地域の社会課題解決にもつながり、社会的インパクトを拡大していけると考えました。
当時の被災地における社会課題は、「いかに仕事(収入を得る機会)を再開し、生活をもとに戻すか」でした。2011年当時は、緊急支援や復旧の段階であったために、新規の事業立ち上げに関わる助成金や補助金、行政の支援などがあまり整備されていない状況。その状況で早瀬さんは、被災地域の復興への想いを持ち、地方が抱える人口減少社会、人生100年時代の社会課題に対して美容室事業で取り組んでいく方法を考え、行動に移したのです。
知り合いもおらず、土地勘もない中での石巻市での創業は、多くの課題に直面しました。
事務所もなかったので、1号店名のオープニングスタッフの採用面接は、被災していた石巻市役所の一角で行い、ようやく見つけた物件を借りて、2011年10月1日にラポールヘア一号店をオープン。
初日には、開店の1時間も前からたくさんの顧客の行列ができ、開店時間を早めたほどでした。開店を待っている間や待ち合いスペースなどで「生きてたのね! 会えて良かった」と声を掛け合う言葉があちこちから聞こえてきたといいます。
東日本大震災から丸10年をむかえるにあたってメッセージ
http://www.rapporthair.com/news/news/20210212.html
日本の理美容業界における働き方の課題を解決
地域貢献やノウハウを活かした新興国での展開も視野に
この被災地からの創業体験を原点として、早瀬さんは、「日本の理美容業界における働き方の課題を解決すること」を目指して取り組んでいます。
結婚・出産・育児・介護など、ライフステージの変化や身体への影響なども受けやすく、働き方に制約が生じる女性は数多くいます。「女性が自分らしく長く働き続けられること」は、被災地域だけの課題ではなく、ジェンダー格差の大きい日本が長年抱えてきた課題であり、美容業界においても認識はされていても、誰も取り組みをしてこなかった課題でした。
そこでラポールヘアは、理美容業界における「働き方」の常識にとらわれず、フレキシブルな就労の仕組みを取り入れることによって、特に女性のライフステージが変わっても長く働き続けることができる環境の実現に取り組んでいます。また、美容室の新たなマネジメントの在り方として、店長を置かず、店舗のスタッフの主体性を信頼しながら、チームワークを重視し、みんなが人間関係に悩むことなく、安心して働ける仕組みも構築しています。
また、単身高齢世帯が増えていく日本の地方地球において、将来的には地域社会のセーフティネットが届かない層にも「美容室」という場やサービスを通じて地域に貢献していきたい——。早瀬さんはそんな想いを抱いています。そして、その結果として、より多くの「ありがとう」を循環していけるような事業体を目指しています。
さらに、想いは国内にとどまりません。日本で培った、多様な制約を越えて働くことを実現できる美容室としてのノウハウは、他新興国でも活かすことができると考えています。現在、ASEAN地域における美容室事業の展開も準備が進められています。
ビジョン・ミッション
<<ラポールヘア・グループとして目指す社会>>
誰もが自分らしく働き、社会とつながることを通して、Well-beingを実現した地域コミュニティが増えていく社会
<<目指す社会に向けてのラポールヘア・グループが果たす役割>>
人口減少・少子高齢化社会において:
1. 働きづらい美容師も、自分らしく働き続けられる場を増やす
2. 美容サービスの提供によって、つながり、自分らしく暮らし続けられる人を増やす
3. 社会的にも環境的にも、持続可能な美容室の事業モデルを構築する
東日本大震災を契機に創業したラポールヘア・グループ、更なる成長に向けて新たなビジョンとミッションを発表
〜石巻にてグループ1号店開業から丸13年を経て、全国50店舗突破〜
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000140039.html
女性が自分らしくイキイキと働き続けられる環境づくり
どんなライフステージでも柔軟に、そして長く働ける事業運営を目指して
理美容業界では3年で8割以上が離職するといわれます。一方でラポールヘアには創業時から働き続けているスタッフが多く在籍しています。
ラポールヘアはほとんどの店舗でスタッフも利用できる託児スタッフ常駐の無料キッズルームを併設しており、小さな子どもがいる女性美容師も安心して働くことができる環境づくりをしています。実際に、250名以上の子育て世代の女性美容師が活躍しています。創業からの12年で、収入が増えたことや産休が取りやすいということもあって、結婚や出産をしたスタッフもたくさんいます。
また、結婚・出産・パートナーの転勤などをきっかけに仕事から離れ、ブランクのある美容師も積極的に受け入れており、仕事に復帰しやすい環境づくりや他スタッフによる研修なども行っています。
これにより、約20年の就労ブランクがある女性も美容師として復帰しています。復帰した女性たちは就労による収入獲得だけでなく、表情が明るくなるなど心境の変化もあるそうです。
石巻市で創業し、主に地方地域において女性が働くことへの制約に向き合った結果、ラポールヘアでは、子育て中の女性だけでなく「介護なども含めたケア労働による時間制約がある人」「学歴や年齢などを理由として就労機会を得にくい人」など、さまざまな制約を抱えている人が自分らしく就労し、働き続けられる環境を提供できるような工夫に取り組んできました。フレキシブルな就労の仕組みや、美容室の新たなマネジメントの在り方などを創造し、先駆的な美容室事業を開拓しています。
「働く」ニーズは年齢と共に変化することもあります。
ラポールヘアには、50代、60代の美容師も多く在籍し、最高年齢72歳の女性美容師も活躍しています。スタッフの平均年齢は約50歳。身体の変化や顧客の高齢化で客数が減るなどして、個人経営をしていた自身の美容室を閉店して、ラポールヘアで働き始めた美容師もいます。50代、60代の美容師の存在は、ラポールヘアが主なターゲットとしている同世代、あるいは少し上の世代の顧客に対して安心感を与えます。60代スタッフの中には、月収25万円以上の収入を得ている方もいれば、自身の体力に合わせて出勤日数や勤務時間を減らして働いている方もいます。
被災地での創業をきっかけに、女性がライフステージの変化の中でも働きやすく、長く働き続けられる環境を整備し、より多くの美容師が幸せな人生であり続けることや、未来の子どもたちに明るい未来をつくっていくことが、ラポールへアの使命だと早瀬さんは考えています。
人生100年時代、70歳を過ぎても働く意欲のある人は増え、健康寿命はより長くなりました。誰一人取り残すことなく、イキイキと豊かに暮らせる社会の実現のため、働く側の立場に立った働き方改革が求められています。現在の日本のシステムでは追いついていない部分が多々ある中、一社一社が本業を通していかに社会に貢献できる事業を実践できるかが求められているのかもしれません。
「八方良し」の経営を追求
より信頼関係を大切にし、積極的に発信できる経営を目指す
社名であるラポールヘア・グループの「ラポール」とは、心理学の用語で、人と人との間に生じる相互の信頼感や共感、良好な関係性を意味しています。ラポールヘアは、顧客やスタッフだけでなく、取引先や株主、地域社会、あるいは自然環境などへの考慮も含めて「八方良し」の経営を目指し、徹底しています。
これを実現していくために、働くメンバーに対して適正な報酬を支払うことはもちろん、美容師としての在り方教育のような側面も大事にしています。働く場の提供だけでなく、長期的に自分自身の未来に意識を向けて、資産形成をはじめとするライフ・デザインをイメージできるような情報提供や環境づくりも行っているのです。
特に地方地域では、社会文化的な影響から、自律的にキャリア・デザインやライフ・デザインをする意識を持ちづらい場合があります。ラポールヘアでは、このような現実を受け止め、誰もが継続的に働きやすい環境づくりだけにとどまらないアプローチを行っています。
また、ラポールヘアでは、「会社」という枠を超えたステークホルダーのことを考え、長期的に信頼関係を築きながら経営をしていくことを常に心がけています。現在、ラポールヘアは、アメリカの非営利法人による国際認証「B Corp(Benefit Corporation)認証」の取得プロセスも進めており、企業としてよりステークホルダーを意識し、利益(Benefit)を共有できる仕組みと、その実態を可視化していくことを目指しています。
「八方良し」を理念として掲げるだけでなく、具体的にその理念の実現の状況を可視化することを進めているラポールヘアでは、顧客も含めて地域社会の方々と常により良い関係性を構築をしていくために、分かりやすいインパクトレポートの作成、発信なども進めていきたいと考えています。
課題先進国日本から、ASEANへの事業展開へ
歴史の長い理美容業界にWell-beingの追及を通して社会的インパクトの拡大を目指す
ラポールヘアの事業は、高齢化が進み、ジェンダー格差が大きい日本だからこその社会課題に取り組むモデルです。
このラポールヘアのモデルは、「誰もが働きやすい環境づくり」を実現していくという面で、海外にも展開できると早瀬さんは考えています。特に新興国においては、若年層の失業率が高く、社会経済的な障壁により就労が困難な状況にある人が多いのが現実です。美容師業界においても制度面も整っていないことが多く、日本の美容師業界の歴史もふまえた、より良い業界づくりや制度整備が必要とされています。
ラポールヘアはこれまでに、ベトナムやタイでの調査や事業を進めてきました。
例えばベトナムにおいては、JICAやJETROからの支援を得てベトナム最大の美容協会や労働省傘下の組織と連携し、理美容師資格制度の整備や理美容室の衛生に関わる制度設計などの支援を行ってきました。その活動の中で、政府関係者も参加した200人規模のセミナーを開催してきた実績もあります。また、タイにおいては、元受刑者や貧困層などをはじめとする就労困難な若年層を対象としたトレーニングセンターをはじめ、実際に働けるように美容室の開業準備を進めているところです。
海外での活動や事業展開を進める際に常に意識をしているのは、「現地の人々の主体性を大切にすること」「現地の雇用を促進すること(日本企業が現地の雇用を搾取しないこと)」という2点です。これは前述の「八方良し」の考え方に基づいており、経営者として利益を追求するだけでなく、その地域のことや関係するステークホルダーすべての長期的なWell-beingを考慮している結果です。
日本では江戸時代から続く理美容事業は、技術革新やAIの普及によってもなくならないといわれている職種です。一方で、約300年続いている商いにもかかわらず、イノベーションが起きていない業界でもあります。
理美容業界においては、技術革新ではない「働く人、関わる人のWell-beingの追求」こそが、イノベーションにつながるという確信のもと、早瀬さんの国内だけでなく海外も含めた挑戦は続いていきます。
女性の「また、働きたい」を応援するラポールヘア・グループ、タイで女性の雇用創出・就労支援事業をスタート
〜バンコクで元女性受刑者向けのトレーニングを実施〜
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000140039.html
<有識者の視点>
SSC評議審査員 泉 貴嗣
未来の創造は、人の創造から
ラポールヘアは、東日本大震災という非常に大きな社会問題をきっかけに創業されました。そのため、事業そのものが社会と向き合っていることを強く感じます。
企業が社会に提供する価値には、大きく2つがあります。1つは、事業そのものが提供できる価値です。ラポールヘアでは、超高齢化社会を捉えた高齢者向けの美容室、訪問美容、さらには地域のコミュニティとしての役割を果たすことなど、自社の理美容事業が社会課題の解決へとつながっています。
また、理美容業界では、ラポールヘアの取り組みに追随しようとする他の事業者も出てきているようです。つまり、ラポールヘアがこの事業を始めるまでは、理美容業界が発掘することができていなかった価値を、新たに見つけ出したということができます。ラポールヘアは、単に人を美しく装うだけでなく、社会課題解決と理美容を組み合わせて、業界に新たな領域を開拓したパイオニアなのです。
もう1つの価値は、社内のマネジメントによって間接的に社会に提供する価値です。ラポールヘアでは、さまざまな年代の美容師を起用したり、制約のある人たちが働きやすい環境を整えたりすることで、労働力不足を解消し、女性のキャリア構築の問題にも取り組んでいます。
日本は先進国と比べて、30代、40代の子育て世代の女性の就労率が低い傾向があります。どんなに企業が発展しても、女性が理不尽な選択を突き付けられることによってキャリアや所得を諦めなければならない状況が続けば、社会全体が維持できなくなってしまいます。女性が自分らしく働き、望み通りに生きられる社会を目指すことは、100年、200年先の未来を創造することにつながるでしょう。ラポールヘアのように、女性の思いにしっかりと寄り添ったジェンダー格差の改善を、他の企業でも積極的に取り組んでくれることを願います。