委員会活動
Committee activity
両親の離婚などにより、1人親家庭で暮らす子どもたちが増えている。厚生労働省の「全国母子世帯等調査」によると、この25年間(1985年~2011年)で母子家庭数は1.5倍、父子家庭数は1.3倍に増加している。1人親家庭で育つ子どもたちは、経済状況や家庭環境などで困難を抱えることも少なくないと言う。
そのような状況を踏まえ、「経済的困難な1人親家庭の子どもが将来に対して希望を持ち、努力ができる社会を創る」をミッションに掲げ、主に経済的困難な1人親家庭の中学・高校生を対象に学習支援を行うNPO法人がある。今回は、NPO法人あっとすくーる 理事長 渡剛氏に話を聞く。<編集部より>
渡剛氏 NPO法人あっとすくーる 理事長
株式会社フォーユーカンパニー 代表取締役 宮本宏治(以下、宮本):早速ですが、「あっとすくーる」はどのような活動をしているのでしょうか?
NPO法人あっとすくーる 理事長 渡剛(以下、渡):1人親家庭支援NPO法人の「あっとすくーる」では、主に経済的に困難な事情を抱えている子どもや、家庭環境で辛さを感じている子どもたちを対象に「学習支援」という形で授業を行っています。
学習塾とは別にもう一つ、大阪府箕面市の教育委員会から委託を受け、不登校の子どもや生活困窮世帯の子ども、登校はしているけれど発達面での遅れを抱える子ども、コミュニケーションなどの面から学校生活に辛さを感じている子どもたちに対して、大学生のサポーターを個別に派遣する事業も行っています。
宮本:いつ頃から、活動を開始されたのでしょうか?
渡:2010年3月に団体を設立し、同年12月から学習塾を開設しました。大したきっかけではないので、お話しするのが少し恥ずかしいのですが・・・。
私が大学2回生の時に、社会的な課題についてビジネス的手法を使い、解決する社会起業家を育成している団体「edge(エッジ)」が開催した、「ビジネスプランコンペedge2010」に参加したことがきっかけです。
そもそもコンペに参加したのも、当時の同級生がedge(エッジ)でインターンをしており、その年のコンペ参加者があまりにも少なく、友人から参加を依頼されたからでした。「参加してくれないと、僕がインターンをクビになる」と友人から言われて、断れなかったのです (笑)。
当時の私は教師をめざしていたので、起業する気持ちは一切ありませんでした。
ビジネスプランコンペの際も、2泊3日の合宿形式の2次審査が終わったらすぐ帰ろうと思っていたところ、合宿1日目の夜、メンターさんに、「あなたは何をしたいの?」と問われ続けたのです。
実は、私自身が1人親家庭で育ち、学生の頃に悩みを相談できる人がいませんでした。ですから、そういった悩みを話せる、子どもの支えになれる教師になりたいと思っていたのです。
そのメンターさんの問いかけによって、「1人親家庭の子どもに対して何かをしたい」という気持ちが強いことを改めて自覚しました。そのことをメンターさんに伝えたところ、「では、あなたは何に困ったの?」とさらに聞かれました。
私が金銭的な理由で大学進学を諦めかけたことや、その他にも困っていたことをたくさん話すと、最後にメンターさんから、「あなたが困ったことを解決できるものを、自分で作ったらいいのではないか?」とアドバイスされたのです。
その言葉を聞いてから本気で、「どのようなものがあれば、1人親家庭の子どもたちを助けることができるのだろう?」と深く考えるようになりました。
ビジネスプランコンペの審査を通過していく中で、当事者の話を聞くことが大切だと思い、大阪府豊中市で開催されていた母子家庭のお母さん方の集まりに”アポなし”で参加したこともあります。その場で、自分が考えていることを伝えたところ、代表の方に急に手を握られ「あなたのような人を待っていたの!」と言われました。
その時に初めて、自分の経験や考えていることが、誰かに必要とされていることを実感しました。これは私にとって、とても大きな経験でした。その日から、「1人親家庭の子ども支援に取り組みたい」という気持ちがさらに強くなりました。
ビジネスプランコンペが終わったその時には、団体を立ち上げることを決意していました。
宮本:母子家庭のお母さん方に出会った豊中市ではなく、箕面市から開始したのは何か理由があったのですか?
渡:大きな理由はありません。私が箕面市に住んでいたことと、以前から知っていたNPOの団体が箕面市にあり、その団体の事務所の一室で学習教室を開始することになったのがきっかけでした。
宮本:母子家庭のお母さん方が困られているのは、子どもの学力のことだけではないと思うのですが、なぜ、学習塾を開校しようと考えたのでしょうか?
渡:その理由は、 1人親家庭の方々が悩まれる最大の問題が「教育・進学」だからです。
もちろん、どの親御さんも、お金がない中であっても子どもを高校まで進学させたいと考えますし、子どもが望むのであれば大学にも行かせてあげたいと強く思っています。
しかし、進学に備えて民間の学習塾に通わせようとすると、平均的には、週1回の授業で月謝が16,000円程度必要です。正直、1か月に16,000円というのは、1人親家庭の世帯には出すことが難しい金額です。
その問題を解決するために、まず、私たちは学習塾に取り組むという結論に至りました。
コンペの時にお会いした母子家庭のお母さん方にも、そのお話をさせていただきました。お母さん方からは、(1)料金が安い塾であること (2)私自身が1人親家庭で育った経験があること、そして自身では気づいていなかったのですが、(3)男性であること、この3つを非常に喜んでくれました。
宮本:「男性であることを喜ぶ」とは、どのような理由からなのでしょうか?
渡:日本の1人親家庭は、母子家庭が120万世帯、父子家庭が20万世帯と圧倒的に母子家庭の割合が多いです。母子家庭の場合、「大人の男性」のロールモデルを見せることが難しくなるのです。特に子どもが男の子である場合、それは問題になります。そのような背景から、母子家庭のお母さん方は、私が男性であることがとても大きな助けになる、と話されていました。
ですので、勉強だけではなく、「子どもの将来を考えた時、何か一つでも見本となるようなものを与えられるように」、と日頃から意識しています。
宮本:通われている生徒さんの年齢層などを教えてください。
渡:中学校1年生から高校3年生までです。小学生向けの授業は、今のところ行っていません。理由としては、小学校の段階で塾に通わせたいというニーズが、私たちが対象としている家庭ではあまり求められていなかったからです。最近になり、そのような声も少しずついただくようになったので、今後は、小学生を対象とした塾を開講することも考えています。
宮本:塾の運営は、どのようにされているのでしょうか?
渡:塾は、保護者からの授業料で運営しています。
講師は、大学生のボランティアが務めてくれています。ボランティアの人数は25名ほどです。
子どもたちのテスト期間中には、土日も教室を自主解放しているのですが、ボランティアの大学生たちが土日に出てきて、子どもたちを教えてくれることもあります。かなり薄謝ではありますが、授業だけは1コマ70分あたり1,000円の謝礼を払っています。
その他の活動はすべてボランティアで行ってくれていますし、交通費も出ていません。しかし、活動に入る前に、ボランティアの大学生には、すべて合わせると20時間程度の研修を受けてもらっています。
座学で、「団体理解」「子どもの貧困について」「不登校について」「学習支援について」を学び、OJTとして子どもたちに関わった後から、本格的に活動を開始してもらう流れです。
宮本:先ほど一般的な塾の授業料が、「月平均16,000円ほど」と仰ってましたが、こちらではいくらなのでしょうか?
渡:通常は、週1回の受講で12,000円です。しかし、1人親家庭の子どもについては、その半額の6,000円で受講することが可能です。
さらに私どもの塾では、審査が必要ではありますが、1人親家庭の子どもは通塾するための奨学金を受けることができます。奨学金を受けることができれば、自己負担ゼロで授業を受けることができます。もちろん、返還不要の奨学金です。
奨学金制度の選考にあたっては、日々の子どもたちのがんばりを評価するのも特長です。「塾の宿題をちゃんと出しているか」「授業に遅れずに来ているか」といった日々の態度を評価基準とすることで、学力は低くても意欲がある子どもたちに対し、必要な学習機会を提供しています。
宮本:奨学金は、どのように集めているのでしょうか?
渡:事業として、寄付金と月謝として保護者からいただく授業料がありますが、 売上の10%ほどが、市民の皆様からの寄付で成り立っています。
宮本:しっかり事業として成り立っているのですね。素晴らしいですね。
宮本:不登校について伺いたいのですが、1人親家庭の子どもたちが不登校になってしまうのには、どのような理由があるのでしょうか?
渡:さまざまな事情がありますが、離婚による急激な家庭環境の変化に対応できず、学校に行く力がなくなってしまうことなどが大きな原因です。
離婚の理由の多くは、生活の不一致を含めなければ、身体的・経済的・精神的なDV(ドメスティック・バイオレンス。親密な関係にあるパートナーからの暴力)が上位を占めます。その結果、母親がパニック障害やうつ病にかかってしまうと、その影響で子どもが不登校になるケースが多くなるのです。
宮本:子どもが辛い状態に置かれた場合、家庭ではなく学校に逃げ込むなどの行動は取らないのでしょうか?
渡:すべてではないですが、そういった子どもたちが登校すると、宿題をしていなくて怒られる、家で休めていないために授業中に寝てしまうこともあり得るのですが、それでまた怒られるなど、自分のことがさらに嫌になってしまうことが多くなるのです。その結果、最後には学校に行かなくなってしまうのです。
私の場合は、まだ勉強ができたほうでしたから、学校に居場所を見つけられたタイプでした。
宮本:ところで、塾の入口に漫画が置いてあるのはなぜでしょうか?
渡:職員が読みたい漫画を置いているということもありますが、「授業はないけど塾に来る」という子どもたちがたくさんいます。塾が、家庭にいたくない子どもたちの憩いの場になればと思って漫画も置いています。
漫画だけでなく、Wi-fi(無線LAN)もパスワードも全開放ですし、お茶などの飲みものも飲み放題にしています。
宮本:居場所をつくってあげているのですね。
渡:そうですね。そういったことを通じて、子どもたちとコミュニケーションを図るようにしています。
宮本:この塾に生徒が来るのは、どのようなきっかけがあるのでしょうか?
渡:友達が通っていて誘われたというケースや、親御さんたちが口コミで知ったというケースが多いですね。
宮本:不登校の子どもたちや、勉強が苦手で学校にもあまり行きたくないという子どもたちが、なぜ塾には行こうと思うのでしょうか?
渡:そうですね。確かに、私どもの塾には不登校の子どもたちも通っています。子どもたちにはっきりと理由を聞いたことはないですが、おそらく単純に居心地がよいのだと思います。
一度塾に訪れた子どもが、「もう一度この場に来たい」と思えるような関わりを持つこと、それを講師の皆さんにお願いしています。極端な話、勉強で達成できないのであれば、他の方法でもよいと伝えています。
ここが自分にとって楽しい場所で、「塾にもう一度来たい」と思ってもらえることが最も大切だと思っています。これは5年前からずっと意識して行っていることですので、最近では体験入学した子どもたちは、ほぼ入塾してくれます。
宮本:塾に来ている子どもたちには、どのような変化があるのでしょうか?
渡:もちろん塾ですので、成績が上がるという学習面の変化があります。2014年度は、塾に通うすべての受験生が高校に合格することができました。
それ以外には、進学を考えていなかった子どもが、ボランティアの大学生の話を聞いて大学進学を決意したり、小学校1年生~中学校3年生までずっと不登校で、中学1年生~2年生の間に塾に通っていた子どもが高校受験を経て、現在は普通に高校に通っていたりという変化もありました。
宮本:1人親家庭の子どもたちが、大学進学する割合はどの程度なのでしょうか?
渡:約20%です。日本の全体的な大学進学率が50%ですので、やはり半分以下ぐらいになってしまいますね。
宮本:その原因は、やはり経済的問題なのでしょうか?
渡:確かに経済的問題も大きいですが、経済的問題は最後だと思っています。
それよりも大きいのが、進学に関する考え方です。親の最終学歴で、大学進学率は変わります。親が大学卒の場合、9割以上の親が1人親家庭でも大学に行ってほしいと思っていますが、高校卒になるとそれが3割まで落ちます。
日本の1人親家庭の学歴で、高い割合を占めているのが高校卒になります。進学は親の価値観などが大きく左右するので、「高校卒業後に働くのが普通」「進学することがイメージできない」「親に迷惑をかけたくない」などさまざまな理由から、進学を選択しない子どもが多いです。
このような事情から、金銭面は最後の問題だと思っています。まずは「進学したい」という気持ちを芽生えさせることが大切です。居場所をつくってあげることを通じて、子どもたちとコミュニケーションを図るようにしています。
宮本:塾としてのゴールは、どういったところをめざしているのでしょうか?
渡:塾という面で見れば、大学進学です。高卒よりも大卒の方が現実的に生涯賃金も高いので、1人親家庭の貧困の連鎖を止めるには、その割合を増やしていくことが大切だと感じています。
宮本:塾とは別に、箕面市から委託を受けている事業について教えてください。
渡:不登校の子どもに対し、個別で大学生のサポーターを派遣する事業(不登校支援型学生サポーター派遣事業)です。
授業の申請も、学校から上がってきます。
最初は学校で子どもについてヒアリング、その後に保護者面談をして、講師の学生を選定しマッチング、そして実際に学生を派遣するという流れになります。
ここまで学校に入り込んで、NPOがサポートしている事例はあまりないと思います。
2015年4月に「生活困窮者自立支援法」が施行され、支援を必要とする家庭の子どもたちに対する学習支援が、各地で積極的に行われるようになりました。その多くが教室型という、いわゆる子どもたちが教室に来るものですが、私どもが委託を受けている箕面市の場合は、子どものいるところに講師が出向く「アウトリッチ型」である点が、他と大きく異なっています。
実際に講師が行っていることは、一対一での学習支援に加え、学習に限らず子どもが好きなことを一緒にすることもあります。私の場合は、去年担当した子どもが野球好きだったので、頻繁に野球の相手をしていました。
宮本:渡さんは今の活動をする前は1人親家庭の子どもに寄り添える教師をめざしていたと仰っていましたが、そもそもそのような教師をめざしたきっかけは、どんなことだったのでしょうか?
渡:私が教師になろうと思ったのは、小学6年生の時です。当時の担任が私にとって、「大人の男性」のロールモデルでした。
新任の先生でしたが、休みの日に家に遊びに行っても受け入れてくれるような温かい先生でした。その人を見て、「先生になりたい」と小さいながらに考えていました。
高校生の時には、「自分と同じような境遇の人に寄り添える教師になりたい」と、より具体的に考えるようになりました。
さらに大学1年生の時には、子どもの貧困問題の講義を聞き、1人親家庭の子どもが日本中にたくさんいることを知りました。考えてみれば、自分が育ったような1人親家庭が世の中にたくさんあるのは当たり前のことなのですが、それまでは自分自身が辛かったので、外に目を向けることができていなかったのだと思います。
講義を聞いた後は「どうしても誰も助けてくれないんだ? 助けないんだ?」という気持ちが大きくなり、「誰もいないなら、自分が助けよう!」という気持ちになっていました。
宮本:最後に、今後の夢や事業展開について教えていただけますか?
渡:一番近い未来では2015年10月に、大阪府高槻市に開校した高槻校を軌道に乗せることですね。
同年11月から授業を開始しましたが、高槻校では、豊中市母子福祉会さん、高槻市母子福祉会さんと一緒に週1回、学習教室を開催しています。子ども5人につき講師1人という体制ですので、塾形式の授業ではなく寺子屋のような感じです。
このような活動(出張学習教室)を、実は高槻市で2年前から実施していたのですが、「もっと勉強させてあげたい。進路指導もしてほしい」という要望が多く寄せられるようになったのです。「それであれば」ということで、「渡塾 高槻校」として開校することになりました。
元々、この団体を立ち上げた時に、「20年後に、1人親家庭の子どもたちが家庭環境に左右されることなく、自分の意志で努力したいと思った時に努力できる場所を日本中につくりたい」と思っていました。
それから5年の月日がかかりましたが、やっと水平展開ができるようになりました。
ただ、まだまだNPOとして財源が潤沢にある訳ではありませんので、すべて自分たちでという考えではなく、このような問題に気付いた方々に各地で立ち上がっていただき、支援の輪を全国に広げていきたいと考えています。
現在、愛知県から1人が当法人へ働きに来てくれています。彼は、愛知で団体を立ち上げることを考えてくれています。これからも引き続き、精力的に活動していきたいと強く思います。
【在り方Webより 渡 剛氏【あっとすくーる】家庭環境に人生を左右されない社会をつくりたい】
<プロフィール>渡 剛氏
NPO法人あっとすくーる 理事長
1989年熊本県熊本市生まれ。自らも母子家庭で育つ。中学・高校生時代の経済的・精神的に苦しい経験から、苦しい状況に置かれる子どもに寄り添える教師をめざす。大阪大学在学中に、「社会起業家をめざす若者のためのビジネスプランコンペ edge 2010」に参加。同コンペをきっかけに、多くの支援者と自分のサービスを必要としてくれる人たちに出会い、大学3年生の時に任意団体「@school」を設立。大学卒業と同時に法人格を取得し、「NPO法人あっとすくーる」を設立、理事長に就任。2015年度より、子どもの貧困対策センター 一般財団法人あすのばの評議員も務める。
<インタビュアー>宮本 宏治氏
株式会社フォーユーカンパニー 代表取締役
1995年 大阪工業大学卒業
1997年 株式会社ビルディング企画入社 営業・人事・経営企画室・大阪支店長歴任
2012年 株式会社NSEエデュケーション 入社 代表取締役社長就任
2014年 株式会社フォーユーカンパニー 設立