インタビュー|石川辰雄氏【NPO法人 Rainbow Children Japan】 子どもたちの笑顔で世界を虹色に

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石川辰雄氏【NPO法人 Rainbow Children Japan】 子どもたちの笑顔で世界を虹色に

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子どもたちの笑顔で世界を虹色に

「在り方大学」のゲスト、石川辰雄氏が理事長を務める「Rainbow Children Japan(レインボーチルドレン)」は、インド・ネパールなどの発展途上国・地域で「高等教育」を専門に支援する国際支援NPOである。同法人は貧困などの問題を抱える子どもたちを支援し、さらには社会的問題を自ら変えていくことのできる、未来のリーダーを育成することを目標としている。
「子どもたちの笑顔で世界中へ虹を架けていきたい、日本からチベット・スラムへ、そして世界中へその虹をつなげていきたい」という名に込められた思いを聞く。<編集部より>

すべての経験がつながった瞬間、これが人生で与えられた使命

株式会社Kurokawa 代表取締役 黒川芳秋(以下、黒川)まず、石川さんがRainbow Children Japan(以下、レインボーチルドレン)を立ち上げた経緯を教えてください。

 

NPO法人Rainbow Children Japan 理事長 石川辰雄(以下、石川)はい。特に大きな理由はなく、今までの流れで今に至ります。一つひとつのお話をすると長くなってしまうのですが、主に4つあります。

私は長崎生まれで、長崎大学出身です。高校生の時に母子家庭になったことから、奨学金を借りましたし、試験をがんばり、授業料免除も受けていました。ですから、奨学金の事業をメインにしています。

二番目に、子ども支援を始めた理由は、現在、保険の仕事をしていますが、固定給から実績給に移った、3年目ぐらいで財政が厳しい時に、カードの借金額が1,000万を超えていた時がありました。当時はまだ、金利を取り締まる法律が制定されていない時代で、金利が20%を超えていました。
その時に、貧者救済に生涯を捧げたキリスト教カトリックの修道女、マザー・テレサの本を読みました。そこには「自分が苦しい時こそ、他人に与えなさい」という言葉がありました。当時、ラオスの支援を1人/4,500円でサポートできるというシステムを使い、子どもの支援を始めました。ある仕事上の目標があり、それを達成できたら増やしていこうと計画したのですが、それに応じて本業の業績も上がっていきました。実際に、支援の世界ではよく聞くのですが、もうかってからでなく、苦しい時に分け与える事をマザー・テレサから学びました。最初は会社で受け取る手数料の10%を盲導犬の育成にあてるプログラムに充てました。次は子どもという感じですね。

三番目の理由は、私は結婚していますが、子どもはいません。子どもがいれば、お金、時間、愛情を使うかもしれませんが、外に目を向けて、特にアジアですね、同じ愛情と時間とお金で、より多くの子どもに関わっていけるお父さんになれる、私の人生はそういう役目を持っているのだと気付きました。実際に、「大きな組織に頼るのではなく、自分自身でやっていこう」と決めたのがその時ですね。

あと直接な理由は、アメリカのセドナにいるサイキックな方(霊能者)に見てもらった時に、あなたは今回の人生で社会的弱者を守っていく社会的シェルターを作っていく人生なのだ、と言われました。これは支援を始める2年前です。そうだったのか、と自分の人生を受け入れるきっかけになりました。自分の人生の目的に、一気にたどり着きました。

 
黒川盲導犬、ラオス、子どもと関連性を感じるのですが、なぜインドなのですか?

石川最初は学校を作ろうと思っていたのですが、年に何回か通うようになると、アフリカは少し難しいことが分かってきました。

同じアジアの中で、心惹かれたのがインドでした。インドへの支援は多くないので、インドにしようと思い、一人でバックパック担いで行ったんですけど、行く直前に「インドの端っこ、チベットの難民社会を覗いておいで」と、知り合いから言われました。それがドンピシャで、行ってみると、難民政府の教員であったり、通訳の方と出会えたり、今一緒にいるメンバーともチベットで出会いました。興味からインドに行った結果、チベットにはまりました。

高等教育を通じ、未来のリーダー育成を

黒川次に、レインボーチルドレンの現在の活動について教えてください。

石川インドに行った時に、下調べもしたのですが、どうも現地に学校はたくさんあり、今のチベットの難民社会では、高校生までの教育は近代的なのですが、そこで止まってしまい、専門的な勉強ができずに終わることが分かりました。難民政府も各国の支援もそこまでお金が回らないです。わずか一部の優秀な学生だけは、インドの大学に通います。チベットがこのままなのか、中国と和解をするのか分からないですが、やはり難民社会を支える人材を育てるには、専門性が必要だと思いました。そこで、個人でできる範囲で、学生3人を大学に通わせるという約束をしました。初日に決めました。
 
黒川:3人の学生を送り出すためには、実際、どれくらいの費用が必要ですか?

石川:当時円高の状況で年間1人6万円でした。現在は8万円ですね、人数も増えてるので、痛いのですが(笑)。

黒川:現在はチベットの学生さんが何人いるのですか?

石川:50人が大学に通っています、2015年で400万円ぐらいの予算ですね。2016年はまた25人増やして2017年の夏に、100人にしようと言うのが今の目標ですね。

黒川:現在のチベットの状況を知らない人がたくさんいます。ぜひチベットの現状を教えてください。

石川:2つの世界大戦を経てチベットは微妙な立場にあったのですが、1959年に中国がチベットを占領し、その時にかなりの寺院が破壊され、何百万人かが亡くなりました。それまでは、チベット仏教のトップのダライ・ラマがいたのですが、1959年にインドに亡命しました。それに続き、かなりの人がインドに行きました。インドは土地が広く、北の外れと南の暑いところをチベット難民に与え、そこで社会ができました。そこから、まだ本土と言われるチベット語の教育は禁止され、ダライ・ラマの肖像を抱えるのも禁止され、もちろん、情報も統制されていて、自由を奪われています。そのまま行くと、将来チベットの文化はなくなり中国に吸収されます。難民社会はインドの中では自由なので、なんとかチベットの文化を残そうと、がんばって仏教と教育と文化を継承するということをやっています。人材を育てるということは非常に重要です

日本人とチベット人、源流は同じ

黒川:石川さんが考える、チベットと日本の関わりについて教えてください。

石川:それは2つありまして、一つは、同じDNAを持っているのです。YのCタイプの染色体は、世界でチベット人と日本人だけが持っています。流れとしては、縄文の人たちはチベットと同じ民族ですね。兄弟だったと思います。チベット人は非常に日本人と似ています。もう一つは、歴史上でチベットの国旗を作ったのは日本人であったり、チベットが日本を守ってくれたり。

黒川:日本人はアジアに恩がありますよね。

石川:同じ血のつながりだと思います。日本国内にも問題がありますが、何か私たちにできることはないか?と思いスタートしました。

「教育は世界を変える」を信念に

黒川:最後の質問です。アジア、インド、チベットの関わりの中で、子どもたちに向けた支援をしていると思うのですが、それをどのように今後展開しようと考えておられるのですか?

石川:最初は、学校を作ろうと思ったのがスタートですが、やっていくことは高等教育です。ここ2年ぐらいは行っているのですが、私たちはお金だけの支援だけでなく、「教育は世界を変える」というフレーズを使っています。大学を出ただけではなく、次世代のリーダー育成に積極的に関わっていこうと思っています。まだノウハウはないのですが、リーダーを育成するプログラムを持ち、彼ら自身それぞれの場所で世界を変えられるようにサポートできたらと思っています。

基本的に難民は、難民社会の中では仕事がないのです。そしてインドで働こうとすると、カーストの制度が残っていますから、インドの中では、カーストの外の彼らは職も見つけづらいです。選択の自由がない訳ですね。そういうこともあり、ヨーロッパやアメリカ、カナダに移住する人が多く、そこに行けばそれなりの職業に就けます。彼らはそこから自らの難民社会に恩返しをしています。
チベットには慈悲の文化があり、学生にもチベット仏教が浸透し、思いやりがあります。世界を見ていると、利己的(自分の利益だけを追求しようとするさま)な考えが渦巻いていますが、利他の心(自分の利害はさておき、他人に利益となるよう図る心)を根底に持ち高等教育を受ければ、きっと世界を変えていけると思いました。そういう利他の心が広がればいいなと思っています。


黒川:DNAだけではなく、利他の心も似ていますよね。そういう人たちが世界を変えますよね。

石川:ダライ・ラマが世界中に100人いたら変わります。なかなか出てこないですが。

黒川:今日はとても有意義な話を聞かせていただきました。やはり今後も、教育がメインですか?

石川:昨年(2015年)には「女性」というキーワードが出てきました。

黒川:不遇な立場の人に、より良い環境を提供していくということですよね。その入口は、子供と教育ですね。お忙しい中、今日はありがとうございました。

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<プロフィール石川 辰雄氏

NPO法人Rainbow Children Japan 理事長
1970年2月生まれ、奈良県在住、長崎県出身。
外資系生命保険会社セールスマン 兼 NPO法人Rainbow Children Japan 理事長を務める。
趣味は海外旅行の “旅する営業マン”。

 

インタビュア黒川 芳秋氏

株式会社Kurokawa 代表取締役
創業62年、父親から代々受け継いだ衣料品、衣類リユース、リサイクル事業を行う。衣料品買い取りFC事業「キングファミリー」の全国展開を推し進め、他業態など現在に至る。社会貢献度の高い企業として海外への発信、意識も高い。今後、海外進出も計画している。