インタビュー|吉岡國男氏【吉岡産業】「負の遺産」を「富の遺産」にすべく飽くなき挑戦

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吉岡國男氏【吉岡産業】「負の遺産」を「富の遺産」にすべく飽くなき挑戦

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「負の遺産」を「富の遺産」にすべく飽くなき挑戦

「PB530」というリサイクルシステムをご存じだろうか。「プラスチック ブレンド ゴミ ゼロ」。従来のプラスチックリサイクルは、種類が多いため、分別に手間がかかってしまう難点があった。そこで、低コストでリサイクルする新しいシステム「PB530」を開発したのが今回のゲスト、吉岡國男氏である。
PB530システムでは、回収した廃プラスチックを分別することなく、すべて破砕、混合、溶解して押し出し成型し、土木用・建築用資材などに再生する。吉岡氏が「廃プラスチックを燃やさない、埋め立てない」をモットーに、世間の常識を覆す仕組みを開発するに至った経緯は、どのようなものだったのだろうか。<編集部より>

プラスチック素材に魅せられて

有限会社アップライジング 代表取締役 齋藤幸一(以下、齋藤):まず、吉岡さんのこれまでについて教えていただきたいのですが、どのような経緯でこのお仕事をされることになったのですか。

 

有限会社吉岡産業 代表取締役 吉岡國男(以下、吉岡):私は現在72歳なのですが、中学2~3年生の頃、アルバイトをしていました。
そこで、熱を加えると固まる樹脂、ベークライト(世界で初めて植物以外の原料から人工的に作り出されたプラスチック素材)というものに出会いまして。

子どもですから、珍しくてね。それまで、やかんの取っ手でも、植物のつるとか何かでやっていた訳です。ところが、プラスチックだと熱の電導性も悪いし、熱くないですよね。つまみだとか何かに使われていることを知り、びっくりして。ただ、熱を加えて空型の中に入れるだけで。こんなすごいものができているのだと。
そのような思いから、プラスチックに出会ったんですよ。

 

齋藤:アルバイト先で、プラスチックに出会われたのですね。

 

吉岡:そう、初めて、ベークライトというものに。
そこで図書館に行き、ベークライトというのはどういう性質であるかというのを調べたんですよ。1907年にアメリカのベークライトさんが開発したことを知りました。つまり、1世紀以上前ですね。

私は学校を卒業して日立製作所に就職し、プラスチックから縁を切ってしまったんですけど、冷蔵庫と何か作っている会社になって。
それからまた、プラスチックのリサイクルの方に携わって6年くらいかな。

今度は、モルダーという新しい素材の射出成形(加熱溶融させた材料を金型内に射出注入し、冷却・固化させる方法)でできる合成樹脂、可塑性(かそせい:固体に外力を加えて変形させ、力を取り去っても元に戻らない性質)というものが出てきて、可塑性に関する仕事をしました。

 

齋藤:可塑性?

 

吉岡:熱硬化性(常温では変形しにくいが、加熱により軟化して成形しやすくなり、同時に重合が進んで硬化し、元の状態に戻らなくなる性質)と、可塑性というものがあるんですね。
他にも、エンプラ(エンジニアリングプラスチック: プラスチックのうち強度や耐熱性などが強化されている商品)とか、いろいろあるんですけどね。
熱硬化性は、熱を加えて固まって、リサイクルが効かないもの。固まって埋めるしかないものです。
可塑性は、何回でもリサイクルが可能なものです。

プラスチックリサイクル新システム「PB530」の誕生

齋藤:なるほど。そこでずっと働いておられて、独立されたのですか。

 

吉岡:そうですね。再生材を例えば、PP(ポリプロピレン)とPE(ポリエチレン)、PS(ポリスチレン)、スロールとか色々な樹脂があるわけなんですけど、ABSとか何かが。
それを単一にスクラップ(製品の廃物)を買い、ペレット(小さい固まり)に分けるんですよ。混ざっているとダメだと言って。

ABS(アクリロニトリル(A)・ブタジエン(B)・スチレン(S)の3成分からなる熱可塑性樹脂)を作ってくれと言うと、その中にPPが少しでも入っていれば、仮に品物を納めても返品になってしまいます。
今度は高いお金をかけて、最終処分場に捨てなければなりません。
端的に言うと、「こんなもったいないことはない」。何とかならないかと思ったのです。
それが、30~40年くらい前のことで、システムの無駄を省き、低コストでリサイクルする新しいシステム「PB530」が生まれたのが、今から25年前です。

 

齋藤:「PB530」ですね。PB530とは、どのような意味なんですか。

吉岡:「プラスチック ブレンド ゴミ ゼロ」ということなんです。

 

齋藤:プラスチックをブレンドして、「530」で「ゴミゼロ」ですか。

 

吉岡:ゴミゼロにはならないんだけど、思いがそういう感じで出てくるので。

 

齋藤:なるほど。PB530は、ものすごく環境にもやさしいんじゃないかなと思うんですよね。

 

吉岡:そうですよね。行政でも、地下に埋めちゃったりしているのがほとんどですから。

齋藤:プラスチックが。

 

吉岡:だから、その対象物は何だというとね、生ゴミなんですよ。

 

齋藤:生ゴミ。

 

吉岡:生ゴミを対象物に燃やしているんですよね。施設で莫大な費用をかけて。
生ゴミなんて私が子どもの頃は、みんな畑に埋めたりして堆肥にしていたんですよ。現在は燃すだけ。
そう言った「負の遺産」を「富の遺産」にすべく、私はがんばってきた訳です。

世界の常識を覆した「PB530」

齋藤:PB530のすごいところ、他のプラスチックの合成と違うのは、どのようなところでしょうか。
聞いたところによると、どんなプラスチックでも、通常は、プラスチックとプラスチックを混ぜてはいけないそうですが。

 

吉岡:ほとんどの燃やしているもの、「負の遺産」が「富の遺産」になる、ということだけですね。
対 素材じゃないとできないというのが世界の常識なんだけど、PB530は複合材(2つ以上の異なる材料を一体的に組み合わせた材料)ですからね。

 

齋藤:世界の常識を型破りしているPB530は、世界中にここにしかないと。

 

吉岡:そうですね。いろいろなものが入るのは。

 

齋藤:PB530の技術を全世界の人たちが使うようになったら、ものすごく地球環境が良くなりますよね。

 

吉岡:そうですね。

 

齋藤:まだ、吉岡さんの技術はなかなか知られていないということですね。

こちらの、第95代内閣総理大臣の野田佳彦氏からの表彰状について教えてください。

 

吉岡:これは、大沢善次郎先生。私の恩師で、高分子の博士なんですよ。
群馬大学の名誉教授で、現在は病気療養中ですが、87歳くらいになられるのかな。

 

齋藤:この方が、吉岡さんの師匠にあたる方ですか。

 

吉岡:師匠です。

 

齋藤:群馬大学の名誉教授から、いろいろ学ばれたんですね。

 

吉岡:「こんなのできる訳ない」って言われますよね。お前の頭を割ってみたいって。

 

齋藤:できる訳ない、できる訳ないということを現実化してきたってことですね。PB530で。

 

吉岡:今でも不思議だって言われています。

 

齋藤:こう言った技術を使ってできたPB530は現在、どのようなところで使われているんですか。

 

吉岡:そうですね。今は、行政とか一般の建築関係の会社、あとは花屋さんで使ってくれていますね。独創的な植木鉢を作っているから。

 

齋藤:なるほど。私どもは、PB530製品の販売を手掛けている金子化成さんとインターネットで知り合って、金子さんが取り扱っているPB530はすごいんじゃないかな、地球環境にやさしいんじゃないと思いました。
そこで、私どものアップライジングで使っているケーブルとベンチ、自転車をぶら下げておくサイクルスタンドなどに利用させていただいています。

 

吉岡:サイクルスタンドですか。

 

齋藤:はい。栃木県や宇都宮市は自転車の街なんで、サイクルスタンドがあるところが多くて。
ただ、PB530でできているサイクルスタンドは私どもにしかないですね。

 

吉岡:ありがとうございます。

 

齋藤:現在この会社で働かれている方には、どのような方がおられるのですか。

 

吉岡:高齢者と障がい者ですね。
65歳以上の方、73歳が一番上ですね。知的障がい者が4人と身体障がい者が1人で、あとは全員高齢者。

 

齋藤:吉岡さんがそう言った方々を助けていきたくて、雇用されているのですか。

 

吉岡:そんな大それた思いはなかったんだけど、たまたまそういう人たちと縁があって。
好んでやった訳ではないんですけど、仕事上そういう人たちしか集まらなくてね。
昔は3Kっていって、汚い、安い、きつい。

 

齋藤:3Kですか。

 

吉岡:私たちには10Kくらいありますよ。言えないけれど。
そういうね、障がいがあってもできる仕事ですから。

 

齋藤:この技術が世界に広がっていったらいいなと思いますね。
特許みたいなのも出されているんですか。

 

吉岡:目下、申請中ですね。足利市の方から補助金を受けて。正直言って、足利市で出しなさいって。

 

齋藤:このようなことは、みんなが真似しようと思ってもできなかったと聞きました。
吉岡さんは、普通では考えられないことをできるように実現されたということですよね。

 

吉岡:でも、私ごときができたんだから、みんな思いがあればできると思うんですよね。

 

齋藤:吉岡さんはこの技術を独り占めするのではなくて、たくさんの方々に使ってもらいたいという気持ちが強いんですね。

 

吉岡:この間も、放射線を遮蔽(しゃへい:外部の力の場の影響から遮断すること)するということが学会論文に書かれましてね。

 

齋藤:PB530は放射線も遮断するんですか。

 

吉岡:遮断できます。世界の常識は鉛だけじゃないですか。

 

齋藤:鉛ですね。それはどこかで発表されたのですか。

 

吉岡:はい。学会で。

 

齋藤:何人くらいの方々が参加されていたんですか。

 

吉岡:3人ですね。

 

齋藤:なるほど。放射線の問題がすごく騒がれている中で、「放射線の遮断にも効果があるよ」ってなったらものすごい需要があると思うんですね。

 

吉岡:コンクリートでやっていると、紫外線・赤外線に当たらなくても劣化してしまうんですよね。長い間置いておくと、30年くらいで。
プラスチックの場合には、同じゴミ資源ですからね。融合性が悪いので、長持ちする訳です。
100%遮断はできないのですが、今後の研究の余地によっては、90%くらいは行くかなって思いはありますけどね。

 

齋藤:たくさんの方々の健康の方にも、つながってくるような素材ってことですよね。

 

吉岡: 人工心臓もできちゃう世の中ですからね。

「心の中から物事を見る人」にこの思いを継承したい

齋藤:今後については、どのような思いがありますか。

 

吉岡:1人でも多くPB530を理解してもらって、使ってもらえないと話にならないですから、使ってもらえるようになったらいいなと思ってます。
本当にもったいないですよ、燃やしてるだけじゃ。限られる資源を無駄にしたんじゃどうしようもないじゃないですか。
今、生きている人はいいかもしれないですけど、これからの人たちはどうします?

生分解性樹脂(生分解性プラスチック)と言って、動植物から採った非食用植物資源のセルロースを主成分に用いた高機能バイオプラスチックなど、プラスチックづくりも変わってきてますけどね。
しかし、コストが高くてなかなか市場性がないということで、一刻も早くPB530使ってもらいたいのです。

本当はこれを行政がやってくれれば一番いいんですよ。面白いところが。
機械を置いて、地域の人たちと一緒になって、自分たちで出たゴミがこれだけのことで、こうやると、こういうのができるんだってなったら。
富士通株式会社さんの試算によるとね、単なるCO2削減が1/14になるんですって。
ところがこれを太陽光か何かでやったら、ゼロになるんですよ。熱を加える太陽のエネルギーで。
CO2を出さないでできるシステムなんですよね。

 

齋藤:なるほど。

 

吉岡:こんな会社ですから、「嘘じゃないか」という反応が多いんですよ。
やっている人たちもそう言うんですから、会社の皆さんもびっくりしたと思います。

 

齋藤:たくさんの方々が。

 

吉岡:心の中から物事を見る人ってのは、少ないんですよね。それでは情けないなと思って。

 

齋藤:ひょっとして、自分たちだけ儲かればいいやとか、今だけ儲かればいいやという方々が、もしかしたらこの吉岡産業さんの技術を狙ってくるかもしれないですよね。
しかし、吉岡さんにそういう気持ちは皆無なんですね。

 

吉岡:はい。私も年齢を重ねていますので、独占はさせないけれど、私がダメになったらこのシステムは終わりになってしまいます。誰か思いのある人が継いでくれればいいかな、という思いはあります。
子どもはいるんだけど、親父の苦労見てると、この仕事はやりたくないって。

 

齋藤:息子さんに継いでもらうのが、一番いいかもしれないですね。

 

吉岡:一番いいんだけどね。
やっぱり、お金があれば何でもできちゃうんだけど、知恵だけ出したのでは、品物も二級品になっちゃうんですよ。特級品と言いたいんだけど。

 

齋藤:吉岡さん、本日はお話しいただきありがとうございました。

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<プロフィール吉岡 國男氏

1943年 栃木県足利市生まれ。
1952年 足利市立第三中学校 卒業
2012年 足利工業大学総合研究センター 研究員

インタビュア齋藤 幸一 氏

有限会社アップライジング 代表取締役
1975年11月14日、栃木県宇都宮市生まれ。作新学院高校英進部から法政大学経営学部へ進学。高校、大学時代にはボクシング部のキャプテンを務めた。
プロボクサーとなるが24歳で引退後、平成18年、有限会社アップライジングを設立。
現在、代表取締役社長に就任し、世界中のタイヤ関係者が修行に来る中古タイヤ屋さんをめざして、新たな世界を極めようと日々奮闘している。