インタビュー|高亜希氏×福森鈴子氏対談 病児保育サービスさえいらない社会を創る

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高亜希氏×福森鈴子氏対談 病児保育サービスさえいらない社会を創る

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病児保育サービスさえいらない社会を作る

エメラルド倶楽部 関西支部長 福森鈴子氏 / NPO法人ノーベル 代表 高亜希氏

「このままでは私も働けなくなる」と気づき、キャリアウーマンのための病児保育サービスを始めたのが高亜希(NPO法人ノーベル代表)さんだが、お母さんたちの気持ちに寄り添う姿勢を貫くうち、シビアな現実に直面する。ついには「病児保育サービスさえいらない社会を作る」という壮大な夢を描く。<編集部より>

シングルマザーを応援する!目標が一緒だった

エメラルド倶楽部 関西支部長 福森鈴子氏(以下、福森):最初に高さんとの出会いから。

 

NPO法人ノーベル 代表 高亜希氏(以下、高):きっかけはうちのスタッフの北村(政記氏)ですよね。

 

福森:エメラルド倶楽部の出版記念パーティのアポイントで電話がかかってきて、「シングルマザーを応援するためにノーベルで病児育児サービスをやってるんです」とおっしゃるから、私もシングルマザーで仕事しながら頑張ってきたので気になって、お話を聞かせて下さいと言ったら、北村さんが来てすごく熱く語ってくれて。そんなに素晴らしいサービスがあるんだったらみんなで応援したい、となって高さんと事務所でお会いすることになりました。

高:目標が一緒だったんですよね。それでエメラルド倶楽部のランチ会で講演をさせて頂きました。

 

福森:みんな感動していました。

 

高:大変良い機会を頂きました。どこでお話をしても「頑張って下さい」とか言われるんですが、この時は熱いというより重い、というか本当に共感して頂きましたね。逆にもっと頑張らなければと思いました。

私も働けなくなる!

福森:病児サービスをここまで浸透させるという方が、お子さんをお持ちの年輩の方をイメージすると思うんですが、高さんはまだ独身。そもそも病児保育に目をつけられたのは?

 

高:私はずっと民間企業に勤めていたのですが、社会人になって5、6年くらいで、同僚や先輩がどんどん辞めていく。お話を聞くと「子育てと仕事との両立ができない」と言うんですね。「子どもが熱を出して一週間会社を休んだ」という話を聞いて衝撃を受けました。「一週間会社休まなければならないんだ、誰も預かってくれないんだ。だったら女性は働けない、このままだったら私も働けないし、女性は全員辞めていく」。こんな矛盾したことをどうして誰も何も言わないのだろうと思ったんです。

 

福森:自分の問題だと思ったわけですね。でもご自分でNPOを立ち上げてまでやろうと踏み切ったのは、もともと起業しようとかお考えだったのですか?

 

高:起業も興味がなかったわけではありませんが、起業よりも「これは本当に何とかしなければならない」とはまってしまい、ネットでいろいろ調べ始めました。そのころは病児保育という言葉も、NPOも、起業家も知らなかったです。そして東京で病児保育をやっている人がいると知ったんですが、ホームページとか見ても怪しげで、「NPOって何?」「社会起業家って何だろう?」という感じでした。なので東京へ行って代表に会って頂き、2時間ほどお話をしました。事業の立ち上げなどのお話を伺って初めて「本当にやってるんだ」と思いました。2年かかったと伺いましたので、私が今から大阪で2年かかってやるより、ここで働いたほうが早いと、勢いで「働かせて下さい」とそのまま就職して1年間いました。

 

福森:その時、仕事は?

 

高:もう辞めていました。親に報告したら叱られました。会社を辞めて転職先を探している時だったので「女は結婚して子供産んで」「ボランティアで食って行けるものか」というような昔ながらの価値観で言われるわけです。それにも違和感を感じました。

 

福森:凄い行動力ですね。

 

高:勢いですね。今ならできませんが、あの時は「自分がやらなきゃならない」と勝手に思ってしまったのです。

 

福森:モデルになったNPOで実際に1年間やってみて、理想と現実との差とか、最初に感じたことは?

 

高:東京では大きな学びがありましたし、すごく刺激を受けました。「思ったことは行動に移せば社会が変わるんだ」という実感を得たというのが一番の収穫でした。それが確信に変わったので、「大阪でやりたい」となっていきました。

産みの苦しみ

福森:確信を持って、ノウハウを大阪に持ち帰って。自分で始めたときに一番苦労したことは?

 

高:最初は一人なので、ブログを立ち上げて、「今日からノーベル始めます」と宣言しました。あちこちの異業種交流会に参加して「私こんなことをやりたいんですけど」と言ってみたり、大阪の現場の実情を知るために病院や病児育児施設に飛び込みで「週一回ボランティアやらせてください」と言ってみたりしたんですが。看護師とか保育士とか何の資格もない「元営業マン」ですから、怪しまれたり怒られたりしました。「そんな訪問型の病児育児なんかする奴は許せん」とか言って目の前で名刺破られたりしました。
なにか新しいことをしようとすると否定的な人と肯定的な人に分かれます。ブログに「子どもも産んでないくせに」とか書き込まれたりしました。お金目当てだととられたり、立ち上げ期の1、2年は結構そういうことが多くて、そういう面で言えば東京より関西は厳しいと感じました。
女性も厳しいし、お医者さんや保育園の方も「素人がそんなのムリだ」とかすごく言われました。専業主婦をしている友達にも「女性を働かせる女性を増やしてどうするの」と結構否定的なことも言われました。

 

福森:私も子どもいますが、九州で起業した時、「女性が子ども放りっぱなしで仕事なんか」とか言われましたけど、言われれば言われるほど反動パワーが出たんだけど。

 

高:そうですね、「見返してやる」とか心の中で思いました。マイナスになるのではなく。

 

そんな高さんが「やっていける」と反転したきっかけは?

高:反対する人がいる一方で、続けることで「どうやら本気で始めるらしい」ということが少しずつでも伝わると「何かあったら手伝うよ」と言ってくれる人も現れるんですよ。元同僚がホームページ作ってくれたり、交流会でも10人に1人くらいは賛同して人を紹介してくれたり。少しずつでしたね。  最初は看護師さんを見つけて、病児保育を受けてくれるお医者さんに出会うまで1年弱かかりました。 とある会合で「あの子本気らしいよ」とか「でもNPOなんて怪しいよね」とか「韓国人だし」とか話題になったらしいんです。後でそれを聞いて悔しくて。「NPO=韓国=お金をとっている」とかネットでも書かれて、世間はそんなふうに見るんだと思いました。

単なるビジネスで終わりたくない

福森:実際にお金を頂いて事業を始めた時に一番こだわったところは?病児保育のシステムとして東京のNPOとの違いとか。

 

高:もちろんお金を頂いて組織として自立させなければなりませんが、ビジネスをするだけなら東京のシステムを持ってくればいいわけです。私たちは単にビジネスで片付けたくない気持ちがありましたので、フェイス・トゥ・フェイスで利用者、お母さんたちの気持ちも知りたいと思いました。本当に細かいことですが、申し込み1つにしても東京ではWebから申し込むんですが、私たちは利用者と必ずお会いしてお話を聞いています。お預かり中も、お子さんを預けていることに罪悪感を感じているお母さんに、メールで病状をお伝えするよう工夫します。

爆発的に

福森:お母さんの気持ちを大切にして安心して預けていただけるような信頼関係を作っていくということですね。2009年からスタートして2年目に利用者が37人から110人と爆発的に増えたきっかけは?

高:2010年は先ほど申し上げたことや資金的にも本当に苦しくて、最初半年で会員さんが5組しかいなくて。通帳見て「どうしよう?やばい」と危機感を持ちました。OL時代の東京の先輩に電話で相談したら、わざわざ飛んで来てくれて、事業モデルを全部見直そうとなりました。「まずノーベルの存在を知ってもらうこと、広報ができていない。マーケティングをちゃんと練らなければ。思いだけでは変わらないよ」と言われました。私も営業しかしたことがなかったので、勢いに任せていました。

福森:意外に女性って思いで走ってしまうところがありますよね。

 
高:「この本読め」と言われて、何もできていないことが初めてわかって、マーケティングというものが腑に落ちました。先輩は毎月来てくれて「発信も我が出ている。利用者目線になっていない」と指摘されたので、チラシやホームページを少しずつ見直したら、少しずつ問い合わせが増えました。

福森:読めと言われた本とは。


高:「ドリルを売るには穴を売れ」の佐藤義典さんの本を何冊かですね。漢字ばかりの難しい本が読めないので、ああいうストーリー仕立てのものはわかりやすかったです。

理想と現実のギャップ

 

福森:実際自分で現場をやってみて初めて感じた理想と現実とのギャップとかカルチャーショックとか、気づいたことは?

 

高:私がいちばん変わったのは2年前くらいです。私は普通に企業で働いていたので、目指すはキャリアウーマンみたいなイメージだったと思うんです。自分が働きたいのに働けない矛盾を感じて始めたわけですが、3年くらいやっていると、本当にいろんな親御さんにお会いするわけです。「会社でいじめられるんです」と目の前で泣き出したりして、私のイメージとのギャップを感じ始めるんですね。「明日預けないとクビになるんです」という片親の方とか。障害を持っているお母さんから「預けられますか」と電話がかかってきて、検討するために「折り返します」というと「もう結構です」と切られる。後でわかったのですが、嫌というほどそういう思いをしているんでしょうね。「何でそんなふうなんだろう」と混乱し始めました。

 

福森:リアルな家庭の事情とかが見えてきてしまう。

 

高:日本で生きていく上で、衣食住とか働くとかお金を稼ぐとかは当たり前だと思っていたのですが、当たり前じゃない現実がそこにあって。年収100万円とか、アルバイト4つかけもちしていて内職もしているとか、そんなお母さんたちの話を聞いていると、生きていくだけで必死、その日暮らしですよね。となると私が本来しなければならないことは何かなと思ったら、ノーベルにいつでも子どもを預けられて、子育ても仕事も楽しめる社会にしていきたい。やらなければならないことが山ほど出てきて。最初は周りから批判されましたが、最近は全然来なくなりました。その理由は2つ考えられて、1つは組織の基盤ができてきたということと、もう1つは「ああ、キャリアウーマンじゃないんだな。本気なんだ」ということが伝わったのか、どちらかではないかと思います。

モチベーションの原動力

福森:一般的な起業の苦労とは異なる部分でも、いろいろあったのですね。これからも様々な社会問題を解決していかれるのでしょうが、これからの夢とか目標、モチベーションの原動力になるのは?

 

高:誰かが困っているときに助け合える社会にしたいと思っています。「働く女性」の立場から「子どもたち」のためにと考えた時に、この日本で30年後とか50年後に子どもたちに何を残せるのか、何を提供できるのかということです。人とのつながりとかをノーベルで作っていきたいです。子育てと仕事の両立はしんどいという価値観がまかり通っていて、それには疑問を感じるので、10年後、20年後には「仕事と子育ての両立って楽しいよね」という未来の絵を描いています。

 

福森:私は女性の経営者の会をやっていますが、経営者の方々は「仕事って生きがいなのよ、子どもなんてどうにかなるのよ」というようなパワーの人しか接したことがないので、そういう世界はできつつあると思うのですが、そういう人たちがもっとキャリアで頑張っている人たちと出会ったり触れ合ったりすることがすごく大事ですよね。

 

高:そうなんです。今やっているひとり親のサポートとかで、お話を聞いていると誰とも接点がないんですね。一人で頑張っている。出会う人とのご縁で人は大きく変わるので、そういうつながりのロールモデルを作っていきたいです。

 

福森:女性経営者が社会で頑張ったり、輝いたりできる時代がようやく来たと感じるので、そのロールモデルを作っていくということと、生きがいを持って働くために、魂から喜んでいる人に出会わせてあげたいと思うんです。今後何か一緒にできたらいいですね。

 

高:ぜひお願いします。

次のステージへ

福森:高さんが次のステージでやろうとしていることをどう考えているのか。それを実現するための課題は?

 

高:今考えているのは、人は生きていくのに衣食住とか、働くとか、人とのつながり、子育てもシェアできて、住むところもシェアできて、食べるもシェアできて、共に助けあって生活をシェアできる場作りとして、来年度から困っている人がいたら助け合える街を作っていきたいと思っています。

 

福森:それは女性に特化する?

 

高:私はいろんな人が入ってきていいと思っています。保育士を目指す学生がいてバイトがてら育児したりとか、近くのおじいちゃんおばあちゃんが来て、昔みたいに大家族で食事できたりする場所を作りたいと思います。お金で解決する社会ではなく、お金では買えない人としての信頼とかを大切にする社会です。これはかなり壮大な計画なので、私自身とかノーベルがもっと変わらなければなりません。今までの病児保育というどちらかと言えばサービス提供側として来たのですが、むしろ反対の全然違うことへの挑戦になります。いろいろな方を巻き込んで、協力していただいたり、サポートしていただいて、一緒に作っていく感じです。

 

福森:つまり病児保育サービスを受けなくていい社会づくりということですか。

 

高:はい、やりたいです。

 

福森:素晴らしい。昔はお父さん、お母さんがいないときは、おじいちゃん、おばあちゃんが子どもを見ててくれた。核家族が出てきて、でこういうサービスが必要になったんですよね。昔に戻せばいいんですね。

 

高:全て昔に戻れなくても、助けあう仕組みとかつながりはできるものだと思います。全部便利にお金で済ませる社会、というのを変えたいのです。

 

福森:私たち同じ女性として、当事者意識を持って社会を変えていくということですね。

 

高:はい、よろしくお願いします。

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<プロフィール高 亜希氏

NPO法人ノーベル 代表理事
1979年 12月10日大阪市生野区生まれ。2003年関西学院大学卒業、その後 JTB・リクルートに勤めるが、病児保育に出会い。子育てと仕事の両立の難しさを知る、病児保育の先駆けである NPO法人フローレンスで修行後、2009年ノーベルを立ち上げ、2010年2月大阪市中央区。西区で関西初となる共済型・地域密着型病児保育を開始。2012年、(財) 日本病児保育協会、理事に。

 

<インタビュアー>福森 鈴子氏

一般社団法人エメラルド倶楽部関西支部 支部長 / 有限会社ティ・アール・コーポレーション 代表取締役
1992年下着販売の代理店を設立、全国各地でランジェリーインストラクターの育成をスタート。1997年から全国42都道府県に、女性の社会進出をするため「女性の自立」をテーマに女性リーダー育成ブラッシュアップセミナーの講演活動を開始。美容事業、スクール事業、複合サロン事業など事業を多角化展開。2010年から一般社団法人エメラルド倶楽部 理事兼関西支部長に兼任。女性経営者のネットワーク創りに参画(2014年9月時点で関西会員120名)。2014年 公益資本主義推進協議会 大阪準備委員会 副委員長を務める。著書に「女の本気」(オータパブリケーションズ刊)。